決断

18.今は亡き山岳近くの村

 ジョンキーユは山岳近くの田舎にある小さな村育ちだった。

 彼が子どもだった頃、未開拓だったその地を国土として明け渡すよう国からお触れが届いていた。しかし、村民はこの国が建国される以前から存在していたこの伝統ある村を安々と手放すつもりはないと強く主張していた。

 良い条件を持ち掛けられようとも、村民は首を縦に振らなかった。村民は古くからその地域に定住しており、自身がこの村の生まれであることを誇りに思っていたからだ。そんな大切な村のある土地を、そう簡単に譲り渡すわけがなかった。

 彼らの村を大切に思う気持ちを尊重したのは、その頃まだ王子であったアンソレイエだった。彼が国王に即位してからも、その寛容な心は変わらず土地を譲らない村民も国民として受け入れった。その心が村民にも伝搬し、彼らの住むその豊穣ほうじょうな土地で獲れた自然の恵みを国王に献上するなど良好な関係を築いていた。

 しかし時が経ち、アンソレイエの心は多国へと連れ去られた妻のことで弱り果てていた。それを見てここぞとばかりに動いたのは、かねてから村にいい顔をしていなかった王族たちであった。その頃にはもうブクリエが存在していたので、彼らは王に知られぬよう密かに騎士に村の平服あるは討伐を命じた。

 村を潰そうとするそんな彼らに対し、村民も丸腰というわけではなかった。村民は、その村が生まれた時代から狩りのために武器を扱うことを得意としていた。あくまでもそれは人に向けるものではなく、生きるために必要なだけの命を刈るために使われていたものだった。時が経つにつれ自分たちの知らない所で国ができ、いつ誰が攻め入ってくるかわからない状況下で、彼らは村を守るための力を必要としていた。それは人の命を奪う武力だった。

 村民の男たちは自己流の武術を各々身につけた。ある男は体格に恵まれ、武器を持たずに相手に肉薄するような拳を使った近接戦を極めた。ある男は枝を削って作った弓や槍を。ある男は間抜けな騎士が落としていった剣で剣術を。そうして村にはいつしか人を打倒するための武力が確立していった。

 アンソレイエが王子時代に言葉を交わした際には、村民にはそのような武力は必要ないと感じていた。だが、アンソレイエが大きな悲しみに暮れ、失望感に打ちひしがれている今、念には念をという結論が下された。その結果、人を傷つけるための武力が確立し、代々受け継がれていくようになった。

 国王の愛する王妃の訃報は村にまで及び、心優しき国王を慮る一方で村民は王と意を異にする者たちがすぐに攻めて来るだろうと踏んだ。

 そんな一触即発の時代に、ジョンキーユは幼少期を送っていた。村の三大武人と呼ばれる家系の息子ではなかったものの、彼は父親に教えられたことの呑み込みが早く、村の子ども達の中では「強い子だ」と褒められる部類に属していた。

 村の男の子はみな村を守るために武術を身につける。彼らは八つになると親元から引き離され、村長の家で集団生活を送った。毎日稽古をつけてくれる村長と自身の父親以外との交流を絶たれ、四六時中自分と共にあるのは、与えられた武力だけとなる。かろうじて人扱いされているものの、村長と父親を含めた村の男衆に村の武器として育てられているも同然だった。

 成人するとやっと村の女性と子どもを作ることが許され、家族を持てば新たな武器を育てる側の人間となることがしきたりであった。少年たちはそんな人生を何一つ疑うことなく、村の為に力を尽くしてきた。

 その風習に加えて、いつ襲撃に遭うかわからないこの時代を生きる村民の間には新たなる独特のしきたりが生まれていた。



『いいかお前たち。お前たちが武力を行使する理由はただ一つ、この村を守るためだ』



 伸ばした白い髭と頭髪がなければ、そこら辺の若者と見紛うほど筋骨隆々とした体躯の村長が少年ひとりひとりに視線をやる。



『敵が攻めてきたら迷わず殺せ』



雄叫びのような少年たちの返事に満足そうに『うむ』と頷く村長はその厳つい面に、より一層しわを刻んで言い放った。



『万が一戦いの最中村の敗北を悟ったならば、その時は迷わず家族を殺して回れ。それがお前たちに与えられた使命だ』



敵に命を奪われることは恥だと、村長は少年たちに教え込んでいた。膝を抱えて村長を見上げていたジョンキーユも、その一人。



『村民である大切な者たちを葬るのは、同胞である我々であるべきだ。敵の汚れた手に最後まで支配されないことこそ、村民の誇りなのだ』



村長は、愛する家族も愛する者に殺されることを幸福に思いながら死んでいくのだと少年たちに教えた。

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