第18話 誘導式紙飛行機を  

       📨


 翌朝、昨日と同じくアーヴィッコ侯爵家の馬車を横目に、ヘンリッキの御する馬車で登校する。


 昨日勝手に帰ったことを謝ると、

「お嬢さまが謝られる事はありません。体調が優れなくて帰宅する事もありましょう、急用があって予定外に出ることもありましょう。むしろ自分めが、学業を終えられるまでお待ちしておくべきだったと、反省している次第です」

と、逆に謝ってきた。


 それは、馭者ではなく執事であるヘンリッキの仕事ではない。

 それをするなら、学校へ従者を連れて行き、学内でも下仕事をさせながら、登下校の馬車を御させるべきだ。

 或いは、私専用の馭者を雇うべきだろう。


「これからは、こちらを寄越してください」


 ヘンリッキの守護精霊は火霊。アァルトネン家の分家の縁者で、領地を持たない宮中伯の二男。

 けれど、火と風と水を扱える魔法士で、精霊術に似た魔術を使う。


 紙飛行機?


 手渡されたものは、子供がよく飛距離を競って遊ぶ、先尖りに紙を折った紙飛行機だった。


「風霊に感染させた特殊な用紙で折られた紙飛行機で、こちらの咒紋に前もって魔力を馴染ませておいた相手の名を記せば、飛んでいくというものです」

「ヘンリッキが考えた魔道具なの?」

「はい。こちらの青いのは、わたくしの魔力を馴染ませてあります。開いて中に手紙を書いて送りつけることも可能です。こちらの黄色いのにお嬢さまの魔力を馴染ませてくだされば、こちらから送ることが出来るので、ぜひ」


 言われて、魔力を流す。ほの光り、僅かに浮いたけれど、すぐに光は落ち着いて手のひらに落ちて来た。


「これで、お嬢さまと連絡が取れるようになります。お嬢さまがどこに居ようとも、お嬢さまの魔力を探して飛んでいきます」


 凄いわ。この魔道具。相手が限定されるけれど、確実に連絡が取れるのね。


「市井の人々や魔法士の間で流行ってるの?」

「まさか。自分が考えて、個人的に使っているだけです」


 過去にもこういった便利な魔道具を発明して、知り合いを通じて新魔道具開発者として申請を試みたけれど、欺されて権利を他人に横取りされたという。


「それ以降、何か思いついても、製法は誰にも教えず、身内だけで利用してますよ」

「悲しいし、残念な事ね」

「よく調べないで無条件に信用した自分が愚か者だったんですよ。もう気にしてません」


 ヘンリッキはそう言うけれど、自分の発明した魔道具は自分のもの。

 自分が世に生み出した子供のようなものなのだから、悔しくないはずがないだろう。


 何か、私が公爵令嬢でいる内に、ヘンリッキの為に、主人として何か出来たらと思うけれど、どうすればいいのかしら?



 ヘンリッキの青い紙飛行機を、ジャケットの隠しポケットにしまい、校舎へ向かった。




「エステル!!」


 今日も、エリオス殿下は声をかけてくださる。


 そうだ。家を出るなら。もう、父や妹に忖度しないで生きていくのなら、殿下の研究室に入って好きなだけ魔法を楽しもう。

 魔法士学校を卒業後も、殿下の研究室の助手を続けよう。そうしたら就職先に困らないし、ずっと魔法に携われる。


 ──お母さまみたいな、立派な魔法士になろう


 殿下の、朝陽を受けて宝石のように輝く淡い金髪が眩しくて、親しげに細められて笑みの表情を作る紫水晶アメシストの眼が優しくて、胸の奥がチリッと痛みを訴える。


 なるほど、多くの令嬢達が、殿下を見て胸を押さえるのはこれなのね。

 単純な人なら、自分の立場を忘れて勘違いしてしまいそうな、親しげで、私と話すのが嬉しいと言っているようにも誤解できそうな、柔らかく煌びやかな笑顔は、分け隔てなく民を愛する王族である殿下らしい人柄が表れている。


 私が公爵令嬢で魔法を共同研究しようと誘われているのでなければ、何かを期待してしまいそうになる。

 本来ああまで気安く微笑みかける事はないお立場の方ゆえに、多くの令嬢達が勘違いするのも頷ける。


 さあ、エステル、殿下に言うのよ。

これからお世話になりますって。エステルは、殿下の役に立ちたいですって!



「殿下。おはようございます。あの⋯⋯」


 その時、急に背後から魔力の急激な高まりを感じた。

 それも、なんだかあまり気配がよくない。


 精霊達を無理矢理従わせようとしているような?


 それは、殿下もお感じになったようで、先ほどまでの綺羅綺羅しい笑顔はなりを潜め、厳しく真剣な眼が、私の背後に立ち並ぶ上級生の研究室へと注がれた。

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