第17話 セオドアの怒り  

       ⚡


「クレディオスと離縁したって本当か?」


 …………えっと?


 『クレディオスと離縁』? そうね、彼との縁は見事に離れてしまったわね?


「あ、いや、すまん、焦った。まだ、婿養子に入ってなかったな。婚約破棄したんだって?」


 恥ずかしそうに、目の下を赤く染めるセオドア従兄にいさま。


「そうね、まだ結婚はしていないから、離婚じゃなくて婚約解消かしら? 本当よ。昨日の朝、お父さまに言われて、婚約関係を解消する事に異議はないという旨の書類にサインさせられたから、もう、クレディオス様は婚約者ではないわ」

「あんなやつに敬称なんか付けなくていい。クレディオスの奴め、アァルトネン家の金で魔法士学校に通っておきながら、恩を仇で返す気か?

 やつが貴族学校で教養を身につけられたのも魔法士学校に通えたのも、四男で侯爵家を継げる訳でも嫡男のスペアですらないクレディオスが、貴族子息としてそれなりの立場を保っていられるのも、全てはエステルの配偶者になって、アァルトネン家を盛り立てていくのを支えるためだろう?

 まあ、俺は、あんなやつ見限って正解だと思うけどな」


 腕を組んでご自身の台詞に頷くセオドア従兄にいさま。でも。


「ん? サインをんじゃなくて、サイン!? エステルの意志ではなく、リレッキ・トゥーリに強制的にサインさせられたのか?

 婚約者でありながらエスコートもしない、次期当主のサポートがその役割でありながら、学校での共同研究に手を貸すでもない、身の程を知らない阿呆を、エステルが見限ったんじゃなかったのか?」

「もういいのよ。彼とは初めから縁がなかったのだと思う事にしたの。それに、エミリアと結婚するのだから、アーヴィッコ侯爵家とアァルトネン公爵家の縁は切れないわ」


「ハァ!?」


 あ、なんか今、セオドア従兄にいさまの、なんらかのスイッチが入ってしまった?

 こめかみから額の端に向けてや、力強い大きな拳、鍛え上げられた立派な腕などに青筋を浮き上がらせて、セオドア従兄にいさまがソファから音を立てて立ちあがる。


 騎士だけにその体躯は厚みがあり、上背もあって、凄みのような迫力がある。

 いつもの優しい、穏やかで爽やかに笑うセオドア従兄にいさまはどこにも居なかった。


「あの、あまり大事にしたくないの。アァルトネン公爵家の名に傷が付くかもしれないし、エミリアとクレディオス様の将来に影が差してしまうかもしれないわ。わたくしならいいの。元々、そんなにクレディオス様の事、離れられないほど愛してるなんて事はなかったし、もうい⋯⋯」

「エステルと婚約破棄しておいて、エミリアと結婚する?」

「ええ。お父さまはエミリアが可愛いから、手元に置きたいと以前から仰ってたし、クレディオス様を婿に迎えて、公爵家であの子と暮らさせるおつもりみたいなの」

「リレッキ・トゥーリは、何を考えてるんだ!? エミリアを公爵にするつもりか?」

「エミリアもお父さまの子供ですもの。後継ぎの教養やマナーを身につけるのに必死で、普通の子供らしく親子としての交流がなかったわたくしと違って、後から出来た教育に余裕のある子供で、政略結婚の母と違って相愛で再婚したお義母さまに似た、お義母さまの産んだ、愛らしいエミリアが、お父さまは可愛いのよ」

「表沙汰に、大事にしたくないというエステルには悪いがこの話、父や大叔父に持ち帰ってもいいか? て言うか、一族会議だ。大叔父から沙汰があるまでツラいだろうが堪えてくれ」

「よしなにお願い申し上げますわ、セオドア様」


 なぜか、カンカンに怒っているセオドア従兄にいさまにラケルが頭を下げて、煽るような事を言う。


「ラケル?」

「わたくしも、旦那さまのなさりようは、常々腹を立てておりました。使用人ゆえにもの申すことも出来ず、セオドア様が一族の長老達に相談してくださるなら心強いですわ」

「なんと。もっと早く相談してくれれば力になったのに。常々とは、前々からリレッキ・トゥーリは、エステルに酷い仕打ちを?」

「わたくしの口からは申せませんほどに」

「解った。そちらも、持ち帰らせてもらう。

 ラケル。エステルの傍にいる君が頼りだ、何かあれば、いつでも相談してくれ。わたしのメッセンジャーの風霊を預けておく。何かあれば、メッセージを覚えさせて飛ばしてくれ。どこに居ようとも、わたしの元に戻るから」

「破格のお計らい痛み入ります。丁重に預からせていただきたく存じます」


 セオドア従兄にいさまから、燕の形をした、親指ほどの大きさの精霊が飛び出し、ラケルの耳にとまる。そのまま、燕の形をした耳飾りに擬態した。


「風霊だから、風の力を操る。メッセンジャーとして飛ばすまでは、ラケルを仮の主として護るから可愛がってやってくれ」

「重ね重ね、ありがとうございます」


 セオドア従兄にいさまは、幾分興奮気味の気を鎮めると、家令の案内で部屋を辞し、帰って行った。


 大きな問題にならなければいいのだけれど。もう、私は家族への期待は棄てたのだ。今更、どうでもいい。妹が、クレディオス様と結婚して幸せだというのならそれでもいい。


 ──やはりこの家を出よう


 私は、決心をした。


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