第9話 殿下の誘い  


       🎭


 殿下は、間近で見ればどんな令嬢も頰を染めて見蕩れると思われる美貌を微笑みに変えて、私と真っ直ぐ目を合わせて来た。


「あ、あの? 殿下?」


 私の手を取っていた手に力が少しだけ入る。


「セオドアに、わたしが君を屋敷まで送る理由に適当に言ったと思っただろうけど、ずっと考えていたことなんだ」

「ずっと、ですか?」

「ああ」


 あの、ブオリ山の土石流の事故の頃から、私をスカウトしたいと思っていたそうで。


「あの時、魔力譲渡してくれただろう?」

「はい。殿下が倒れないか心配だったので。

 わたくしに出来る事を考えて、食事や水分補給、体温保存なんかは他の人でも出来ているようでしたし、やはり、一番怖いのは、魔力枯渇による昏倒かと思いました」


 身体能力や魔法の強度、効果値としての魔力ではなく、魔法を行使するにあたって使われるエネルギーとしての魔力が減少すると、魔力がない人などで言う体力や精神力、免疫力などの脆弱状態、極限までの消耗などに似た状態になる。

 しかも、一般人のそれよりも危険を伴うもので、最悪、命を落とすことになる。

 文字通り、命を削る状態なのだ。

 魔力枯渇とは、その魔法士の生命が尽きる手前の状態を意味し、長く続くと、魔力が復活しても後遺症が残ったり、酷い障害を持ったりする事もある。


 殿下の魔力と私の魔力に親和性があるか不安もあったけれど、少しだけ流してみて体調を崩される様子はなかったので、初日は少しだけ。

 次第に譲渡する量を増やして、殿下が倒れないか、毎日様子を見た。


「親兄弟でも、質が違えば魔力譲渡は難しい。それこそ、医学の輸血のように。むしろ、血液型よりも魔力の方が千差万別、ひとりひとり指紋や網膜のように違いがある分、親和性のある相手を見つけられる方が幸運なほどだ」


 そう。私も、例えば魔法を使いすぎて魔力枯渇に近くなって体調を崩しても、父や妹に魔力譲渡してもらえるかと言えば、否である。


 魔力の質が違いすぎるのだ。


 もちろん、私と殿下の魔力が同じな訳はない。

 それでも、質が似ているのか、魔力譲渡が可能だったのは、少し嬉しかった。

 家族でも合わなかったのに、たったひとりでも、私と魔力が合う人がいた。


 ただ、殿下があの時のことを覚えていたとは思わなかった。

 土石流を支える魔法の構築と維持に集中して、第三王子殿下や多くの王族が、殿下が土石流を支える力に魔法を重ねたり、従者が食事や水分補給をさせた事もあまりよく覚えていないと話していたと、当時、宮廷の魔法士として働く父が話していたから。


「ああ、うん確かに。細かいことは覚えてない。というより、そもそも気づいてない、かな。土石流を支えるのに必死だったからね」


 それでも、膨大な量の魔力が消費されていく中、温かな魔力が身体に浸透していくのはちゃんと感じていたという。


 後日、学校で私の魔力を感じる機会があった時に、私だったのかと気がついたそうだ。


 いつのことだろう?


「あれだけの魔力を譲渡されても身体を傷めることなく、助けになったのは感謝している。あの時は、魔力をありがとう。他の魔法士達のように、感謝状だけで済ませていたのは、最初は誰だったのか解らなかった事と、知ってからは、いつか直接感謝を述べて、親和性の高い魔力を持つ者として、わたしの魔法研究の協力者になって欲しいと、頼むつもりだったんだ」


 今まで、声をかけられなかったけれど、本気なんだよと、恥ずかしそうに語る殿下。


「どうして今まで声をかけられなかったのかは、いずれ。それよりも、今後、クレディオスと顔を合わせづらいだろう?

 わたしの研究室で共に共同研究チームのメンバーになれば、授業に出なくても単位を振り替えられる。そうすれば、会わずに済むだろう?」


 それは、とても魅力的な誘いのように思えた。



 クレディオスと顔を合わせずに済む?



 殿下の研究室は、教職員の研究棟にあるから、教育棟とは離れている。

 クレディオスが態々わざわざやって来ない限り、顔を合わせることはなくなる。


 なにより、王族の方から共同研究チームに誘われるなんて、これ以上に光栄なことは滅多にない。


 断る理由はないように思われた。


 ただ、父のコンプレックスを、酷く刺激しなければいいのだけれど。


 母が亡くなった時に、空いた官位に就くことが出来なかったのは父のプライドを相当傷つけたようで、未だに酔うとその事の文句を言っているから。


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