子猫の名前
三日後、ドゥーエとその両親がセッテを抱いて、礼と見舞いにきた。
ミーアが、僕の寝台で子猫にお乳を飲ませている。それを見た三人は目を丸くした。
「見ないと思ったらここに連れてきていたんですね」
「ええ、僕が寝台を離れると、この子猫は必ずついてくるんですよ」
僕が起き上がってドゥーエの母親に答えた。母親がしばらく考え込んで、ドゥーエにたずねた。
「この子、テオにもらってもらう?」
ドゥーエはミーアと子猫をしばらく見たあとで、うなずいた。
「うん。テオ、この子をもらってくれる?」
「いいの? まあ、この子は、離れてくれそうにないけどね」
ミーアが顔をあげて、みんなの顔を見まわし、お腹が一杯になって眠そうになっている子猫の首をくわえた。
そのまま子猫を僕の手のひらに置いて「ニャア」と鳴く。
「ミーアもわかってるみたい」
みんながほほ笑んで僕と子猫を見ていると、ブリ婆さんが重々しい声を出した。
「テオ。命を救ったのなら、最後まで面倒を見るもんだ。あんたの責任だよ。名をつけておやり」
僕はブリ婆さんを見て、子猫に視線を移した。責任があるか。そうだな、これからもいっしょにいようか。名は、名はどうしようかな。
子猫の目が僕を見つめていた。左右で色の違う、きれいな金色と青色の目が見つめ返す。
『モルン。ボクのなまえは、モルン、だよ』
そう聞こえた気がした。僕は目をあげて、誰がしゃべったのか、みんなを見る。いまのこの子猫? 声を出して話してはいないが、響いてきた。
僕は手のひらの上で、まぶたが閉じそうなのをこらえている子猫の目に、にっこり笑いかけた。
「この子の名は、モルン。モルン、よろしくね」
「ミー」
モルンは小さく声をあげ、満足そうにまぶたを閉じた。
「ニャア」
ミーアも「よくできました」というように明るい声をあげた。
僕が寝台からでるのを許されたのは、それからさらに三日後だった。
モルンがもっとなにかいわないか、話しかけてみたり、念じてみたりした。こちらを見て「ミー」と鳴くか眠っているだけだった。
チプリノに頼んで、僕の部屋から外までの扉に、モルンの小さな出入り口を作ってもらった。出来上がるとモルンを連れて見てまわった。
「こうやって押せば扉の外に行けるからな。用は外までいってすませるんだよ」
僕の言葉に扉の匂いを嗅いでいたが、すぐに外へでることを覚えた。
「モルン。おまえはまだ小さいからね。外にいっても家から遠く離れずに、すぐ帰っておいで」
僕はガエタノから、庭にでて体力回復のために体を動かすように命じられた。
庭で体を曲げ伸ばししていると、視線を感じた。
塀の上や屋根、草木の隙間から何匹もの猫が、僕とモルンを見ている。猫たちは僕を見ても、以前のように怯えた様子をみせなかった。なんとなく見守られている気がするな。モルンを心配しているのかな。
モルンは、僕が軽く走れば追いかけ、振り向いて追えば逃げていく。
「ミーミー」
そのたびににぎやかに声をだし、遊んでいるようだった。
ブリ婆さんとチプリノから布の切れ端や紐、ロープの切れ端をもらった。モルンのおもちゃを作ってやると、飽きずに遊んでいる。
お気に入りは紐をつけた、ネズミくらいの布の塊。僕が紐を引いて動かすと、低く構えて尻尾とお尻をふって飛びかかる。
僕は家をでて、村におりていった。モルンはうしろをついてくるが、僕は迷子にならないように気をつけている。
「よう、テオ」
それまで僕を見かけても無視をしていた村人から、あいさつの声がかかった。
僕を見て、うなずくだけの人もいる。
「テオ、もういいのか」
「こんにちは、テオ」
僕はあいさつに答えたり、手をふったりした。もちろん無視する者もいる。が、火事の前よりは減っていた。
「ミー」
モルンがなにかいいたそうに見あげてきた。
「疲れた? こっちにくる?」
僕は、モルンをすくい上げると胸のトグルを外してシャツの中に入れてやった。
首のところから顔を出そうとする。外が見えるように位置を変えてやり、そのまま歩きだす。温かい。モルンの鼓動が気持ちいい。生きていてくれて、ほんとにありがとう。
最近はガエタノから受け取った赤珠を、手のひらでまわしながら握っているのが習慣になっていた。いまだに、赤珠から魔力を吸収することは出来ない。
左手でモルンをささえ、右手で赤珠を握って、浜辺の方に歩いていった。
砂浜にでると、モルンがおりたいともがく。胸からだして砂の上におろしてやった。
モルンは丸太のコロや打ち上げられた海藻の匂いを嗅いでまわる。
波打ち際では寄せて返す波と追いかけっこをした。海水に濡れた足を、片方ずつふるう姿が愛らしい。
砂浜が途切れ、岩場になるあたり。モルンが小さなカニを見つけて、ピョンと飛び上がる。
「シャー」
体を低くしてカニをにらみつける。
恐る恐る匂いを嗅ぎ、前足で突っついた。カニが「なにをする!」と逆襲。ハサミに前足をはさまれる。あわてて振りはらって僕のところに逃げてきた。
お腹を手でおさえ大笑いしている僕をみあげる。
「ミーミー」
責めるように抗議した。
「ごめん、ごめん。足は大丈夫?」
モルンの砂を払って怪我をしていないことを確かめて、胸もとにおさめた。顔をのぞかせたモルンはまだ抗議の声をあげていた。
僕は苦笑いしながら、海を見渡して大きく息を吸った。
「海風が気持ちいい。テオはこんな気持のいいところに育ったのに。この気持ち良さを味わってないのか。あまりいい思い出を持ってないのがかわいそうだな。そうか、いまは僕がテオ、テオもここにいる。モルン、テオと、僕と楽しいことをいっぱいしよう」
もう一度大きく息を吸って、海風を胸に取りこんだ。
右手の赤珠から、スゥーと温かいものが流れ込んできた。
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