第29話 立派な人

二人は未桜のことを見下すことで自分は優位に立っているのだと思いたかった。


自分達の方が遥かに尊く高貴な存在だと。


桐花家の血を受け継ぐ未桜にはどうやっても勝てない為、未桜を陥れることでしか自分達が上だと二人は認識できなかった。


そんな二人を未桜は哀れに感じた。


人を見た目だけで判断してはいけない。


地位や名誉だけでその人を見てはいけない。


自分の目で見て、自分の耳で聞いて判断しないといけない。


当たり前のことだが、それをできる人間など極わずかだ。


未桜は自分は桐花家に生まれたのだから誰よりもそういう人間でなければならないと、日々自分に言い聞かせていた。


二人にも何度もそう助言したが聞く耳など持つはずもなく、助言するたびに酷い目に遭わされた。


二人は見た目や地位や名誉でしか人を判断できない。自分の権利を大きくすることにしか興味がない。


そんなことをしていては、いつか誰も自分の周りからいなくなる。


何故なら、自分が相手にしたことは必ず自分に返ってくる。それが良いことであろうと悪いことであろうと。


だからこそ、人と向き合うときには自分がされて嫌なことはしてはいけない。誠実であらねばならないと考えている。


だからこそ、噂に惑わされることなく人と接し判断しなければならないと。


それなのに会ったこともない相手の男のことを悪く言う寧々のことが許せなかった。一緒になって笑う末姫にも怒りを覚えた。


「どうして私が可哀想なの。私は自分のことを可哀想だとは思わないわ。寧々、私は一条朔太郎さんに嫁ぐことができて幸せ者だと思ってる」


未桜も相手の男に会ったことはないが、寧々の話を聞き良い人だと思った。


だが二人は未桜の言葉にとうとう頭までおかしくなったのだと呆れる。


化け物との結婚が幸せだなんて苦し紛れにも程があると。誰がどう聞いても最悪な結婚だと言うだろう。


「お義姉様、自分が今何て言ったかわかってますか。私にはただの強がりにしか聞こえませんよ。化け物との結婚が幸せだなんてついに頭までおかしくなりましたか。嫌なら素直にそう言ったらどうですか。泣いて頼めばもしかしたらどうにかなるかもしれませんよ」


無理だろうけど、と思うがそれは言葉に出さず心の中で呟く。


寧々の隣で小刻みに震えていた末姫がとうとう耐えられないといわんばかりに、ぷぅと笑う。すぐさまアッハッハッと大声で笑い出しこう言う。


「頭のおかしい女と化け物の男の夫婦なんて最高だわ。お似合いよ」


「本当にその通りだわ。お母様」


未桜の隣に化け物が立っているのを想像しお腹を抱えて笑い出す。


暫く二人の笑い声が部屋に響くが未桜の一言で静かになる。


「どうして化け物なの?」


シーンと物音一つしない静寂に包まれる。


寧々と末姫は未桜の言っている意味が理解できず、人形のように動かなくなる。


「どうしてって、全身焼かれて大火傷した体よ。包帯をずっと巻いていないと生きていけない男よ。それに左腕と右目がないのよ。そんな男が化け物でなかったらなんだと言うの?代わりに教えてよ、お義姉様」


自分は皆が思っていることを代わりに言っているだけ。間違ったことなど一つも言っていない。正しいことを言っている。


そんな態度をする寧々。


未桜も確かに寧々の言ったことはその町の人達もら思っていることかもしれない。でも、私達陰陽師の家系の一族はそんなことを言ってはいけない。


寧々の言葉は、同じ陰陽師として命をかけて戦う同士を間近で見てきた人達全員を侮辱するものだから。


未桜は誰よりも陰陽師がどれほど勇敢で立派な人達なのかを知っている。


力の強さ関係なく陰陽師として戦うことを選んだ人達全員を尊敬している。


妖魔と戦うということがどれだけ過酷なことか小さな頃から見てきた未桜にとって寧々の言葉は、絶対に許してはいけないことだった。


「私は立派な人だと思うわ」


「は?」


立派。その言葉に何を言っているんだと思う寧々。妖魔に負け化け物と呼ばれる男のどこか立派なのか。


二人が何も言わない間に自分が思っている事を伝える。


「私は陰陽師の家系に産まれたけど才能はなかった。剣や除霊の才能もなかったし、陰陽師として母上達と戦うことはできなかった」


あの頃の自分は自分の弱さに深く失望していたなと思い出す。


「私にできる事はご飯を作ったり、洗濯をしたり、怪我をした者に手当てをしたり、皆が無事に帰ってこれるようただ祈るだけしかできなかった」


今と昔も大して変わらない生活だったが、あの頃は自分が皆の為に何かしたいという気持ちがあった。


「でも、その人は戦った。町の人達や他の町に暮らす人達の命と平和を守る為に戦った」


それは立派なことではないかと二人に訴えるが、二人には未桜の意図が伝わらなかった。


だから何?と言わんばかりの目で未桜を見る。


「戦地に赴くのはとてつもない勇気がいるはずよ。どれだけ強くなろうと怖くなくなるわけじゃない。もしかしたら、殺されるかもしれない。もう二度大切な人達に会えないかもしれない。少し前に笑い合った人が妖魔に殺され二度笑いあえないことなんてよくある」


ふぅー。少し感情的になりすぎていると一息ついてから話を再開する。


「陰陽師の九割は普通に死ぬことができない。残りの一割だって必ず幸せに死ぬとは限らない。陰陽師でない人達ですら普通に死ぬことができないこともある。陰陽師なら尚更でしょう。二人もこの家に住んでいるのだからわかるでしょう」


未桜は妖魔と戦うということがどういうことなのか正しく理解していた。


それは、舞桜や元桐花家に仕えていた者達のおかげだった。


未桜は小さい頃、仲良かった人達が妖魔に殺され二度会えなくなった経験を何度もしている。


命がどれだけ儚く重いものなのか知っていた。


二人にもそのことを理解してもらいたいから自分の思っていることを話したのに、二人の表情を見て未桜は届かなかったのかと思った。

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