第26話 最後の言葉
「未桜ちゃん。私はすごく幸せだった。本当だよ」
嘘だ!そう叫ぼうとする未桜に気づき本当に心の底から幸せそうに微笑む。
助さんのそんな笑みを見て何も言えなくなる。いや、言えなかった。
未桜自身も助さんといる時は幸せだと感じていたから。
「私は未桜ちゃんといる時が本当に好きだった。君の成長を近くで見守ることができて幸せだった。私は未桜ちゃんにも舞桜ちゃんにも、感謝してもしきれないくらいの恩がある」
そう言うと一息ついて辛そうな表情をする。
「それなのに、私は未桜ちゃんを助けることすらできなかった。辛い思いをしているのに気づいていながら、何も出来なかった。謝らないといけないのは私の方だよ」
助さんは深く頭をさげる。
「本当に申し訳ない」
その謝罪から助さんの後悔がわかる。
「助おじさん、頭を上げてください。私は助おじさんにそんなこと言ってもらえるような人間ではありません。私は何もできない弱い人間です。誰も助けることなんてできないです」
舞桜のように沢山な人を助け幸せにする事を夢見てきたが、自分にはできないと思い知らされる。
「それは違う!」
そう叫ぶと助さんはしゃがみ込み未桜と目線を合わせる。
「未桜ちゃん。君は大勢の人を助け救った。未桜ちゃんは気づいてなかったんだろうけど、未桜ちゃんの言葉に救われた人は沢山いる。手を差し伸べられ生きる意味を見つけた者は大勢いる。未桜ちゃんにとってそれは当たり前のことだったかもしれない。でも、それはとてつもない勇気がいる事なんだ」
泣いている未桜を諭すように話しかける。
「未桜ちゃんは知らない間に沢山の人を幸せにしたよ。私はずっと見てたからわかる。それに、私も未桜ちゃんに救われた一人だからね」
バッと顔を上げて「私が助おじさんを救った?」と信じられない顔で助さんを見つめる。
「そうだよ。私は未桜ちゃんのおかげで笑うことができた。未桜ちゃんに会うまでの私は大切な人に裏切られ絶望し海に身を投げ死のうとした。まぁ、舞桜さんによって助けられこの町に住むようになったんだけど、過去のせいで人と関わるのが嫌で仕方なかった」
婚約者に裏切られた当時の事を思い出し苦笑いする。今となっては、笑い話にできるまでになった。
それも全ては未桜のお陰なんだと知って欲しいと思い話しを続ける。
「そんなとき、未桜ちゃんと出会って私は救われた。人の優しさを温もりを思い出せた。今の私があるのは全て未桜ちゃんがあの時私を救ってくれたお陰なんだ。また、笑うとことができたのも、人は関わることができたのもあの時私に手を差し伸べてくれた君のお陰なんだ」
触れることはできないが未桜の手に両手を乗せる。
「未桜ちゃん、君は弱い人間なんかじゃない。君は誰よりも強く優しい人間だよ」
太陽の光にも負けないくらい眩しい笑みを浮かべ微笑む姿は美しかった。
「もう、私は未桜ちゃんの傍にいることはできないけど、ずっと未桜ちゃんの幸せを心から祈っているよ」
その言葉を言っている途中から太陽が少しずつ雲に隠れていき助さんの体も少しずつ消えていく。
「胸張って生きるんだよ」
ニッと笑い助さんは消えた。
その日、未桜は空が暗くなり星が夜空に大輪の花を咲かすまで泣き続けた。
二ヵ月前の事を思い出し、自分の頬をパンッと思いっきり叩く。
「もう、泣くのはやめよう」
自分は前を向かないといけない。きっと、助さんもそれを望んでいる。
あの日、助さんが自分の前に現れたのは自分を励ます為ではなく、前を向いて生きていて欲しいと願ったからだ。
なら、自分はそうしないといけない。
できると言って貰ったのならそれに応えなくてはいけない。
自分を奮い立たせ助さんの墓に手を合わせ暫くして話しかける。
「助おじさん。私もう少し頑張ってみるよ。今の私に何ができるかはわからないけど、出来る限りのことはしようと思う。暫く会いには来れないけど、許してね」
少し元気を取り戻した未桜はフフッと笑う。
「そのかわり、次来る時はいい知らせができるように頑張るから期待して待ってて欲しい」
暖かい風が未桜を優しく包むように吹く。
まるで、助さんが「頑張れ」と応援してくれたような気がした。
「ありがとう。頑張るよ」
天に向かって笑いかける。
だが、未桜の決意も虚しく家に帰って信近に告げられた結婚話で未桜はこの町から追い出される形で翌日相手の所に行く羽目になる。
未桜は生まれ育った町に未練がない訳では無かったが、一から頑張ればいいと前だけを向いていた。
そして、この事をきっかけに桐花家と町の人達に最悪な災いが襲いかかる事になるとは誰一人想像もしていなかった。
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