第14話 少年の叫び

下民に頭を下げるなど例え平民でもありえない。下民が悪くなくても下民だから悪いとされる。下民として生まれてきただけでそういう扱いを受ける。


平民ですらそういう風に考えている。


未桜は男に下民の少年に謝罪するよう要求した。


男は名高い商人で貴族とも繋がりのあるような人物。


これには、少年も男も周りにいた人達でさえも驚きを隠せなかった。


少年は自分を初めて同じ人間として接してくれる人に出会った。自分を助け守ってくれただけても嬉しかったのに、目の前に未桜は自分を一人の人間として扱ってくれた。


人から見たらたったそれだけと言われるかもしれないが、少年の心は救われた。


少年は静かに涙を流した。それは、初めて流した嬉し涙だ。


未桜と男のやり取りを見ていた青年は目を細め優しい瞳で未桜を見つめていた。


「ふざけんな。なんで俺がその餓鬼に謝らねぇといけなんだ」


商人としての尊厳をこれでもかというくらい踏みつけられ怒り狂う。


「それは貴方が悪いことをしたからです」


きっぱりとした口調で言う。


男はもう一度罵声を浴びせようと口を開こうとした時、未桜の後ろから様子を見守っていた青年が視界に入った。


青年はそれ以上何か言ってみろと殺気のこもった目で男を見ていた。


男はこれ以上未桜に何か言ったら殺されると直感した。


「悪かった」


男は全く悪びれもせずただ言葉にしただけの謝罪を口にする。


俺は謝った、もう気が済んだだろうといった態度でこの場を去ろうとする。


未桜がきちんと謝罪をしてほしいと男に要求しようとする前に青年が男の前に立ちはだかる。


「何だ。俺はちゃんと謝罪しただろ。だから…」


そこをどけ、と言いたかったの青年と目があった瞬間さっきまでの自分の態度を死ぬほど後悔した。


青年の瞳は真っ黒で闇がこびりついている様で生気を全く感じられなかった。


男はこんな目をした人間を初めて見た。これほどまでに人が恐いと思ったのも初めてだった。


青年の顔は男以外には太陽の光のせいでよく見えなかった。


ただ、男の態度から青年に恐怖を抱いていることだけはわかる。


「チッ、何なんだよ。そこをどけよ」


震えた声で何とか文句を言う。


青年はただそう言う男を見下ろすだけで何も言わない。


「何だよ。言いたいことがあるんなら何か言えや」


これでもかというくらい声を張り上げて叫ぶ。


「謝れ」


冷たい目で冷たい声でただ一言そう言う。


男は青年の声に体が強張った。怒鳴られた訳でもないのに怖くてしかたなかった。


男には目の前にいる青年が同じ人間には見えなかった。


男がそう感じるのも仕方なかった。青年は男にだけ殺気と妖魔の力を少しだけ放っていた。


殺さない程度に力を調整して。


これ以上は許さないという警告も込めて。


「すまなかった」


男は青年に謝る。


今すぐここから逃げ出したくてたまらない男。


「すまない。許してくれ」


もう一度青年に謝る。それでも青年は何も言わずただ男を見下ろすだけだった。


あまりに異様な光景に周囲の人達は眺めることしかできない。


「何故俺に謝る。お前が謝る相手は俺じゃないだろ」


漸く口を開いたと思ったら冷たい口調でそう言い放つ。


男は青年の言っていることがどうしても理解できなかった。下民に謝るという考えが男にはなかったのだ。


それなのに何故こいつらは謝れと強要してくるのか。


拳を強く握りしめ口を固く閉ざす。自分は絶対に謝らないと。そう態度にあらわす。


「これが最後だ。少年に謝罪をしろ」


男の態度が不快で仕方ない青年。もし、ここに誰もいなかったこの男を殴っていたかもしれないと思う。


「わかった」


すごく小さな声で呟く。


その言葉が聞こえると青年は男から離れる。


男は少年の方へとゆっくり近づく。


「すまなかった」


男は自分が悪いことをしたなんて少しも思っていないが、これ以上青年を怒らせたら自分は殺される。青年の瞳の奥にある殺意を感じそう確信した。


「いえ、気にしてません」


少年は未桜の背に隠れ小さい声でそう言う。


少年は男が謝罪しようがしまいがどうでも良かった。それが普通で当たり前の事だと思っていたから。


でも、違った。


この二人は自分のために怒ってくれた。


自分のような下民の子を一人の人間として扱ってくれた。


それが少年には嬉しかった。普通の子が当たり前に感じることを初めて自分も感じられた。


それだけで充分すぎるほど幸せだった。


「帰るぞ。弦夜」


さっさとこの場から去っていく男。


弦夜は三人にむかって頭を下げてから男の後を追った。


「怪我はない?大丈夫?」


親子がこの場から去りもう大丈夫だと思い、背中に隠れている少年の体に怪我がないか確認する。


「はい。大丈夫です。あの…本当にありがとうございます。僕なんかのために、その…えっと…」


漸く解放された恐怖に安堵するも、初めて感じた人の優しさに今まで我慢していたものが一気に溢れ出し目から大量の涙が流れる。


「大丈夫。もう大丈夫よ」


昔、自分が舞桜にしてもらって安心したように少年を優しく抱きしめる。


「うわぁーー」


未桜におもいっきり抱きつき大声を出して泣き叫ぶ。少年の叫びはこれまでの人生がどれだけ悲惨だったかを物語っているように聞こえた。

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