第4話 昔の記憶
「未桜」
誰かが私の名前を呼んでいる。
「未桜」
もう一度、呼ばれて目を開けるが真っ暗で何も見えない。ここはどこだろう。どうして自分はここにいるのだろうか。恐怖と不安から焦りだす未桜。
「未桜」
「誰、誰なの。どうして私を呼ぶの」
誰の声かもわからずどこから声がしているのかもわからない。どこにいるかもわからない声の主に向かって叫ぶ。
「未桜」
だんだん声が大きくなる。最初に聞こえたときよりもはっきりと未桜の耳に届く。
少し落ち着き冷静に自分の状況を把握する未桜。ここで目を覚ます前のことを思い返す。
いつも通り食事を作って、洗濯して、掃除をした。いつもの仕事が終わると風呂に入って、その後は布団を敷いて寝た。
では、ここは夢の中なのではと思いつく未桜。
なら、さっきから聞こえるあの声は知っている人のではと考える。
「未桜」
「未桜」
「未桜」
「私はこの声を知っている」
愛しいそうに自分の名を呼ぶ声の主。誰の声かは思い出せないが、優しく温かい声はどこか懐かしさを感じる。
ポタポタと音がする。どこから聞こえてくるのか周りを見渡すが真っ暗で何も見えない。ポタッともう一度聞こえる。
未桜の手の平の上に落ちて濡れる。上を見上げても、やっぱり何も見えない。フーッと息を吐き下をむくと、ポタポタポタと音がする。右手で顔を覆うと頬が濡れていることに気づく。
そこで、初めて自分が泣いていることを知る。
「あれ…なんで…私、泣いて」
気付いたら、もっと涙が溢れ出して止まらなくなる。
「(あぁ、私はあの声の人を知っている。大好きな人の声だったのに、毎日聞いていた声だったのに、いつの間にか思い出せなくなって忘れてしまった。私を愛してくれた人の声)」
涙で顔はぐちゃぐちゃになっている未桜。
「この声はあなただったんですね、母上」
声の主は十二年前に亡くなった母親の舞桜のだった。
もう一度、舞桜の声を聞けた嬉しさと懐かしさ。舞桜と過ごした幸せな日々、舞桜の死んだ日を思い出しいろんな感情何一気に押し寄せてくる
「母上…母上…。会いたいです。母上」
今にも消えてしまいそうな小さな声で呟く未桜。
未桜の心が壊れて暗闇に呑み込まれそうになったとき、「未桜」ともう一度名を呼ばれる。真っ暗な世界に一筋の光が差し込む。その光を見つめていると何か飛んでくるのが見えた。
桜の花びらだ。ヒラヒラと舞うように飛んでいる。手を伸ばし掴もうと桜の花びらに触れるとパッと消える。いきなり消えて驚く未桜。幻覚だったのかと考えていると、また桜の花びらが飛んできた。
どこから飛んできたのか。光が差し込む方へと向かって歩きだす。光の方へと進んでいくと真っ暗だった世界が少しずつ光へと変わっていく。
結構歩いたのにまだ何も見えない。あと、どれだけ歩いたら辿り着けるのだろうかと途方に暮れていると物凄い光が未桜の回りで輝きだす。
あまりの眩しさに目を閉じる未桜。目を閉じていても目が痛くなる。少ししたら眩しくなる。ゆっくりと目を開けると、桜の木が目の前にあった。
とても美しい桜だと感じる未桜。
しばらく眺めていると、ふと桜の木の下に人が居るのが見えた。自分以外にも人が居るのに驚いて近づいていく。近づいても中々その人の顔が見えない。光のせいか、それとも舞っている桜の花びらのせいか、上手く隠されていて見えない。
とりあえず顔が見えるまで近づいたらいいかと思い、止めていた足を進めようとすると「未桜」と私の名が呼ばれた。
声のした方を見ると、さっきまで舞っていた桜の花びらがその人を避けるように舞っている。
「母上」
桜の木の下にいるのが舞桜だとわかり側に行こうと走りだそうとするが足が動かない。何故動かないかと足元を見ると自分の体が土に吸い込まれていた。
「嘘、どうして今なの…母上、母上」
自分の体が吸い込まれるように少しずつ下へと向かっているのに焦る未桜。やっと会えた舞桜に気付いてほしくて必死に叫ぶ。
「未桜」
気付いてくれたのかと嬉しくなる未桜。その瞬間強い風が吹き花びらが舞う。
風が強く砂埃が目に入らないよう腕で顔を守るように覆う。風が止み腕を下ろす。舞桜は無事かと「母上」と呼びかけるが別の声も聞こえた。
「ははうえー」
もう一度聞こえた。声の方に顔を向けると少女が舞桜のところへと走っていく。
「あれは、小さい頃の私」
その姿を見て3歳の頃の自分ではないかと考える未桜。その頃の記憶は覚えていない。今見ている光景は過去の出来事なのではと思いはじめる。
もしそうなら、舞桜に私のことは見えていないのだろうと思い悲しくなる。
「ははうえー」
小さい未桜が舞桜に抱きつく。舞桜も嬉しいそうに抱きしめ返す。その光景はとても微笑ましかった。
「未桜。可愛い可愛い私の子供」
愛しそうに小さい未桜を見つめる舞桜。「きゃきゃきゃ」と嬉しそうに笑う小さい未桜。
お互いに頬を寄せて幸せそうに笑いあう。
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