Scene 人の進むのわけ
今日最後の6時限目の授業まで終わって、これから進路相談という名の拷問が始まる。相変わらずため息をついているあたしに果歩ちゃんが声を掛けてくれた。
「大丈夫?優江。わたし進路相談が終わるまで待ってようか?」
その差しのべられた救いの手にあたしは遠慮なくすがった。いいこととはまるで思えないのだけれど、随分と人に甘えることに躊躇いがなくなってきた。辛いこと、苦しいことは嫌だと堂々と言える勇気。そう言ってしまえば良い習性のように聞こえるけどね。だから素直に「ありがとう。」って果歩ちゃんに甘えた。
正直、進路相談室であの人とふたりきりでいると頭が狂ってしまうかもしれない。ついこの間の岳人のお通夜に参列してくれたときには、一瞬あの人に気を許してしまいそうになったけど、やはりあたしはあの男が嫌いだ。あたしは来年県内一番の難関校と言われている高校を受験しようと考えていた。模試の結果では「B」判定は出ているのだから非現実的な目標ではないだろう。中学生にとってこれ以上の進路は無いってくらいの目標なのだから、先生もなにも言うことは無いはずだ。だから進路相談なんかすぐに終わると信じていた。ただ。あたしはあの男の口から出る言葉、雰囲気、匂い、全てが嫌い。相談云々の前に近づくことさえ嫌だった。
進路相談の順番を待っている子逹はみんな教室で待機している。あたしは6番目。今日の進路相談の最後の順番だった。順番が回ってくるまでずっと果歩ちゃんと美羽ちゃんとおしゃべりをしていた。不思議だなと思うのはこのふたりと話をしていると、どんな他愛のない話でも盛り上がってしまうところだ。最近見たテレビ番組の話、好きな芸能人の話、音楽の話。女の子同士の話だから最後はどこか恋愛に繋がるような話になる。果歩ちゃんの好みの男子の理想が高すぎることで笑ったり、美羽ちゃんのちょっと大人の女性目線の話なんかを聞いていると、とっても楽しくなるの。果歩ちゃんには特に好きな男子はいなくて、美羽ちゃんは彼氏と公言している男子がいる。すると必然的にあたしがいじられる役になる。最近、亮君とはどうなのよ?なにか前進したようなことは無いの?など質問攻めにあうことが多いんだよね。本当に特にあたしの恋には進展なんて無いのだけれど、ふたりで色々話を盛り上げてくる。全くあたしの恋愛を真剣に考えているようには思えないのだけれど、話が面白くて盛り上がるからドンドンあたしも調子に乗せられて段々とテンションが上がってしまい、「もしかしたら亮君もあたしのこと好きかも?」みたいな気分にさせられることもしばしば。亮君か。岳人のお通夜に来てくれていたっけ。そういえばそのことをきちんとお礼も出来ていないな。それだけは近いうちに必ずしないといけないな。そんなとき、進路相談の5番目の順番の子が教室に戻って来た。
「的間さん。大葉先生が進路相談室まで来いって。」
嫌だな。ついにあたしの順番が巡って来てしまった。それまで散々冗談を言って、あたしをいじりたおしてきたふたりだけど、この瞬間にはとても頼りがいのある顔つきになって、
「優江。気楽にね。あんまり真面目に先生の話なんか聞かなくてもいいからね。」
と元気づけてくれた。ふたりは意識していなかっただろうが、あたしに対して「頑張って。」とは言わなかった。あたしは重たい足を引きずって、なんとか進路相談室のドアの前までたどり着いた。
「失礼します。」
恐る恐る指導室に入ると先生は腕組みをしながら俯いて待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます