等々力次朗の独白

 警視庁を定年退職して、もう7年経つ。


 その後は5年ほど警備会社の嘱託として警備の配置やSPの指導などをして、2年前からは年金暮らしだ。妻と私は別居していて、子供たちは不倫をした私に冷たく、孫とも会わせてもらっていない。


 妻や子供はともかく孫には会いたい。特に陽菜はもう高校生だろう。顔だけでも見たい。記憶が幼稚園の頃で止まっているからだ。


 あの無邪気な天使のような、あの印象からどんな美少女になったか、会ってみたい。とても。


 もう最近の楽しみはあのデスゲームぐらいしかない。

 

 人を狂わせて誰かを殺させる。その悦びを教えてくれたのが、荒木佳奈子だった。彼女は私のマドンナだった。だが彼女は私に目もくれずに、酒屋の息子なんかに恋をしていた。つまらない女だと思った。


 私が高校生の頃にあの女は別の男と付き合いだした。大きな鉄工所の跡取り息子だった。成金だ。

 

 私が東京に出て大学に通う頃に、あの女が結婚したと聞いた。でも私が学年を上がるごとに、あの女の家庭はうまくいかなくなり、精神的に追い詰められるようになっていることも、たまに里帰りした時に噂で聞いていた。


 その里帰りした時に、昔から顔なじみの家に歯が生えたひな人形があると聞いて、見せてもらいに行った。


 それは納屋の奥にあり、すでに呪われている雰囲気だった。私はそのひな人形を写真に撮った。現像されたその歯の生えたひな人形の顔はとても綺麗で、だからこそ背筋が寒くなるような恐ろしさがあった。


 私はこの写真を何かに使えると思った。その時に、荒木佳奈子の顔が浮かんだ。あの精神的に追い詰められた女に、この写真と何かメッセージを送ったらどんな反応を見せるか。そう思ったら、心が踊るようだった。


 そのメッセージの言葉はすぐに浮かんだ。

『この写真を見た者は狂って死ぬ。又は身代わりを殺せば生き延びられる』


 私はその言葉を、わざと利き手じゃない左手で書いた。その下手な文字が、かえっておどろおどろしい感じを出せた。


 私はそれを封に入れて、帰り際に寄ったN市から投函して、東京に戻った。


 しばらくすると、あの田舎町で女の子が誘拐されたニュースが東京にも流れて来た。私はその犯人がすぐに荒木だとわかったが、違っていても構わなかった。


『身代わりを殺した証拠を出せ』

 

 それだけを書いて、荒木の所に送った。

 その数日後だ。誘拐された女の子の親の所に、眼球と乳歯が送られたのは。


 殺したんだと思った。荒木佳奈子は人を殺したのだ。私がその背中を押したのだ。人を人殺しにするスイッチを押すように。


 私はうれしかった。自分が人殺しを製造出来ることが。その万能感は神になったような気分だった。


 私はその後、大学を出て警視庁に入り、キャリア組としてノンキャリの巡査どもをゲーム駒のように使い、そのスリリングなゲームに熱中した。


 私の采配で駒どもが犯人に殺され、殉職するかもしれないのだ。それで良い金をもらえるなんて、こんな楽しいことがあるだろうか。


 私はその職務という名のゲームに没頭し、不倫で閑職に回されるまで堪能していた。


 あの不倫だって女から誘われたのだ。議員の護衛について庁舎で話していた時に、議員の秘書の隣にいたのが娘の伽奈だった。


 伽奈と俺は警視と秘書として、何度か話すうちにひと回り以上歳の違う俺を伽奈は飲みに誘った。その後、俺と伽奈は肌を合わせた。酔っていたし、若い体を味わうのも久々だったので、それ以来伽奈の体に溺れてしまった。


 でもそれが議員の耳に入り、俺は閑職に回された。警視という肩書きは変わらないが、それ以上の地位にはつけない、掃き溜めのような部署だった。


 私はそのせいでノンキャリたちという駒を失い、ゲームが出来なくなった。


 私はまた元のゲームに戻った。人を人殺しにするスイッチを押すゲームに。


 私は里帰りをした時に、娘に代替わりした幼なじみの家を訪れ、歯の生えたひな人形を見せてもらった。


 ひな人形の歯は更に伸び続けていて、下唇の下に食い込んでいた。私はそれを動画に撮り、家に帰ってから闇サイトで流出した個人情報とメアドを10万人分買い、それを地域ごとに分けた。


 それをまず北海道に住所を持つ者のメアドにパソコンから海外のサーバーを経由して、歯の生えたひな人形の動画を添付して送った。編集した動画の最後にはこんなメッセージを添えた。


『この動画を見た者は狂って死ぬ。又は身代わりを殺せば生き延びられる』


 そして北海道の地方紙をひと月ほど取り寄せていると、最初の事件が起こった。夫婦が刺殺された事件だ。その犯人の名前は私のリストにあった。私はまた人を人殺しにスイッチを押すことに成功したのだ。


 私はそれを期間を空けて繰り返した。今度は近畿地方、今度は関東近県にメールを一斉送信した。


 時には刑事を装って、事件のあった周辺で聞き込みをした。これが私が操っていた駒どもの仕事だったのかと、感慨深いものがあった。


 そのゲームは今も続けている。楽しみはもうそれしかなくなってしまった。


 孫に会いたい。会ってその顔が見たい。それだけが今の私の希望だ。



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