同日、同姓同名
「魔法衣、いつものでいいの?」
着替え終わった朱音を見て、直は首を傾げた。折角、伊藤天音と同じ魔法衣を作ったのに、朱音が纏っているのは普段の忍者のような魔法衣だ。
「はい。これがいいんです」
朱音の作戦には、普段の魔法衣が必要不可欠だった。
「それで、どうするのかしら? 流石に、何も聞かずに首都になんて連れて行けないわ」
「その前に、1つ確認したいことがあります」
「あら、なあに?」
「私があのスピーチをしてから、魔法のスクリーンはどうなってますか?」
「多分、どこもそのままね。回収する暇もない状態で、今の騒動が起きてるから」
「なら、完璧です」
「何をするつもり?」
不安そうな顔の直が、じっとこちらを見つめてくる。朱音は早口に思いついた作戦を話す。
「……危険だわ」
「大丈夫です。恐らくですが……今、魔法考古学省には、大臣と潮崎さんたちを襲った敵はいません。もう倒されているはずです」
「なんでそんなことが言えるの?」
「なんとなくです。でも……不思議なんです。ずっと、心の中で誰かが話しかけてくるような感覚がして……それで、わかるんです」
清水家にいたときからずっとあった感覚。あの謎の声――恐らく、高祖母の声が、「もう大丈夫だ」と、「あの人たちがいる」と伝えてくるのだ。
「副支部長が止めても私は行きますよ」
「1人で行かせるわけないでしょう!」
「なら、連れて行ってくださいますね?」
朱音はにっこりと微笑んだ。直はまだなにか言いたげだったが、奏介が咳き込みながら、
「ここは僕に任せて」
と言うので、直は仕方なく、本当に仕方なくといった表情で立ち上がった。冷蔵庫から血液パックを取り出す。
「……危ないと判断したらすぐに逃げるわ」
「大丈夫です、私が知る限り最強の人たちがいるので」
「……随分信頼してるのね」
「多分、副支部長もそうなりますよ」
何せ、首都にいるのは、100年前の偉人なのだから。
朱音は最強と呼ばれた、少女のような魔法師を思い浮かべて笑った。
首都では、朱音の予想どおり、大半の敵が倒されていた。
「悪ぃ、零! 母さんの怪我治してたら遅くなった!」
「いえ。こちらこそすみません。巻き込まれた職員の避難を優先させていたら、魔法保護課の方々を守れませんでした」
魔法考古学省内部。戦闘の後が色濃く残るそこで、1組の夫婦が立っていた。窓ガラスの破片を器用に避けながら、夏希は歩いている。
外には、未だ押し寄せる群衆。ただし、今までやってきた魔法師たちとは異なり、ただ騒いでいるだけだ。強い魔法師はそのほとんどがもう倒されたのだろう。
「お義母さんに斬りかかった相手なら再起不能1歩手前くらいにしておきましたので」
「ま、当然の報いだな」
さらりと告げられた事実に、夏希は驚きもせずに笑った。一応、襲撃者には全員気絶するような攻撃した後、軽い医療魔法をかけている。再起不能1歩手前とは言っても、その後の生活には問題ない程度になっているはずだ。ただ、もう魔法師として勤務することはできないかもしれないが。
「さて、こっからどうする? 適当にボコしてもいいが、それじゃこの状態が続くだけだしな……」
「面倒ですしね」
「だな。この国の魔法師滅ぼすレベルになっちまう」
割れた窓から外を見つめていると、上空から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。夏希はそのまま窓から飛び出し、ふわりと浮かび上がる。建物の影に行き、騒ぐ群衆に見つからないよう隠れた。
「よぉ、朱音……と、どちらさん?」
「あ、ええと……魔法保護課第5支部の副支部長を務めております、菊地直と申します……」
「ふぅん。あたしは清水夏希、よろしくな、直」
「清水、夏希様……?」
「あーええと! 同姓同名の方でして!」
夏希の姿を見て驚く直。朱音が懸命に誤魔化そうとしているが、納得はしないだろう。夏希は曖昧に笑って明言を避けることにした。
「それで? 支部のほうはヤバいのか?」
「いいえ、そっちはまだ大丈夫です。ただ、私、この騒動を止められるかもしれないと思って来たんです」
「……お前がやる必要はないだろ。あたしの計算ミスだ」
「私のミスです。こうなるなんて、予想もしてなかった。それに、私以外の人には、魔法で相手を倒す以外の解決策がないでしょう」
「……それで? 何をする気だ?」
夏希は真剣な目をして朱音を見つめている。鋭い眼差しに、思わず肩に力が入った。この人から目を離せない。朱音は息を吸って話し始めた。
「前のスピーチで使われたスクリーンを利用して、もう1度全国に向けて話します。今、第5支部はここより戦闘が激しい。魔法考古学省のほうが安全だと判断して来ました」
「それは合ってるかもな。見ろ、外の連中はもう攻撃してこねぇ。できねぇのほうが正しいか。安全ではあると思う。けどよ、もう1回話したところでどうにかなるか?」
「……前回のスピーチは、私を『伊藤天音』と同一視させてしまうような内容でした。その結果がこれです。だから私は、今度はただの『伊藤朱音』として話します。まだまだ勉強中の、たった19歳の子どもだって」
「……それでいいのか?」
「構いません。私は、ただの人間、伊藤天音の子孫です。そんな私も、ただの人間ですから」
「そうかよ。なら、やるべきコトは1つだな。直、お前も手伝ってくれ」
「えっ? あ、はい!」
まだ夏希を見つめてぼーっとしていた直が、慌てて動き出した。
「やってみせます。この地に、自由と平和を取り戻すために」
「頼んだぜ、朱音」
悪役じみた夏希の笑み。朱音の心の中から語り掛けてくる声は、その顔にひどく安心して、「この人と一緒なら大丈夫だ」と言ってくるのだった。
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