同日、準備万端

 何だか、外が騒がしい。

 朱音が目を覚ますと、戦闘準備万端の直がいた。消毒液の匂いがするので、ここは医務室だろう。


「おはよう、朱音ちゃん。まだ寝ててもいいのよ」

「おはようございます……あの、何が起きてるんですか?」


 朱音の問いに、直は手短に答えた。寝起きには重い話だ。理解するのを脳が拒んでいるようにすら感じる。


「……つまり、私が狙われているんですね?」

「そうよ」

「なら、私が出ていけば……」

「それは駄目。危ないわ」

「けど!」

「駄目だって言ってるでしょ」


 直はばっさりと切り捨てると、朱音を守るように入口に立った。外の音に耳をすます。先程までとは異なり、今は奏介の咳以外は聞こえてこない。


「今のところ、外は皆が片付けてくれてるみたい。でも、いざとなったら首都へ逃げるわ」

「どうして首都に?」

「柚子ちゃん曰く、とっても強い魔法師夫婦がいるらしいのよ」

「ああ……」

「朱音ちゃんも知ってるヒト?」

「ええ、まあ……私を助けてくれた人です」


 恐らく、というか確実に、柚子は夏希(そして、恐らく零)のことを言っている。確かに、朱音の知る中で――いや、歴史上最も強い魔法師夫婦だ。


「あの……これ、いつまで続くんでしょう」

「さあ? わからないわ」

「皆さんの魔力にも限界があるはずです。このままじゃ、全員倒されてしまうかも……」

「心配?」

「心配というか……私のせいで、こうなってるのに……」

「誰もそんな風に思ってないわよ」


 外から攻撃の音が聞こえないからか、直は朱音がいるベッドまで近づいた。優しく笑っている。


「悪いのは、今外で暴れてる子たちだわ」

「暴れる原因になったのは私です。私が、あんな風にスピーチすることを決めたから……」

「そんなに自分のせいにしたいの?」

「え……?」


 直の問いは、朱音が想定していたものではなかった。思わず反応が遅れる。そんなつもりではないが、どうやって伝えればよいのだろう。考えていると、直が口を開いた。


「そんなことを言ったら、アタシたちは朱音ちゃんの意志も聞かずに戦うことを決めたわ。だから、アタシたちのせいじゃない?」

「それは違います!」

「なら朱音ちゃんも違うわね」


 何も言い返せなかった。思わず黙ってしまった朱音を見て、直は静かに話し続ける。


「朱音ちゃんは凄いことをしたのよ。あれで納得して、大人しくなった魔法狩りだっているはずだわ。今騒いでるのは一部のヒトよ。だから、朱音ちゃんは気にしなくていいの」

「副支部長……」

「はい、これでこの話は終わり。朱音ちゃんは体を休めることに集中しなさい。あとのことはアタシたちに任せて」


 そうして、朱音が再び横になろうとしたときだった。医務室の扉が勢いよくノックされた。直はそっと外の様子を窺う。相手が敵でないとわかると、構えていた拳を下ろして問うた。


「なあに?」

「げほっ……魔法考古学省のほうに行った2人が重傷! すぐにこっちに来るから、できたらベッドを空けて!」


 飛び込んできたのは、咳き込みながらも必死に医療魔法の準備をする奏介だった。厳重に入口をロックし、許可なく入れないように魔法をかけている。


「千波ちゃんと雷斗ちゃんが!?」

「向こうには大臣を襲撃した手練れがいるみたいだね。2人は魔法考古学省の中まで入って戦ったけど、数が違いすぎたんだ」


 奏介の準備が終わった瞬間を狙ったように、千波と雷斗が瞬間移動の術で運ばれてきた。見慣れない魔力の色だ。淡いピンク色をしている。


 2人は傷だらけだった。雷斗は千波を庇うように抱きかかえている。特殊な生地で作られた、頑丈な魔法衣すら切り裂かれ、あちこちから血が流れていた。


「酷い傷……」

「……千波を先に治療してくれ。オレはまだ軽いほうだ……」

「順番なんてないよ。同時だ!」


 奏介が手をかざし、医療魔法をかける。瞬く間に2人の傷が塞がっていった。


「魔力が尽きてるみたいだけど、どうやって帰って来たの?」

「……魔法考古学省の、秋人とかいう魔法師が……」

「その人は味方なのね。辛いだろうに話してくれてありがとう。敵ばっかりじゃないってわかって安心したわ」

「ああ……」


 それだけ言うと、雷斗は目を閉じて眠った。穏やかな寝息だ。奏介のおかげで傷は1つも残っていない。


「……やっぱり、このままじゃいられません」

「朱音ちゃん?」

「副支部長。私を首都に運んでくれませんか」

「まだこの支部は大丈夫よ?」

「いいえ。今は無事でも、いずれ限界がきます。その前に、私は私のできることをしたい」


 朱音の脳内には、ある1つの作戦が浮かんでいた。成功するかはわからない。けれど、今の自分ができる唯一のことだ。


「首都にいる、最強の魔法師の力を借ります」

「だとして……どうするのよ?」

「今騒動を起こしているのは、いわば私の信者ですよね。そこを利用します」


 準備をする、と言って、朱音は直と奏介に後ろを向いてもらう。


(……すみません、増田さん、朝比奈さん)


 高祖母の纏っていた魔法衣を脱いで、朱音は着慣れた魔法衣に袖を通した。

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