同日、最短で最善

「……さて。その魔法についてはわかった。ならば、あとはそれを公表するだけだね。一刻も早く魔法狩りを止めないと」


 魔法考古学省に戻って発表の準備をしないと。

 立ち上がろうとした舞子を、夏希は止めた。


「もしそう言ったとして、誰が信じる?」

「そ、れは……」


 100年前の人物の生まれ変わりから聞きました。復活させなかった、正確には完全に破壊された魔法は封印の魔法です。そんなことを言って、信じる者は何人いるだろう。適当なことを言うなと批判されるのが目に見えている。


「魔法考古学省にあった書物にそう記されていた、ということにすれば……」

「証拠はどうすんだ? 捏造か? それがバレた瞬間にまた同じことが起きるだけだ。いや、もっと酷いコトになるかもしれねぇ。魔法考古学省の信用は地に落ちるだろうな」

「……夏希、君が言わなかったのは……」

「あぁ。信じてもらえねぇ確率が高いうえに、証拠が何もねぇからだ」

「た、確かに……」


 朱音とて、夏希が語る天音の話を聞いて、ようやく(一応ではあるが)信じる気になったのだ。天音のことを教科書でしか知らない世間一般の人々は、例え夏希が真実を語ろうと信じはしない。むしろ、適当なことを言うなと彼女を非難するだろう。


「いっそのこと、私がその魔法を手にしたと言うのはどうだろう。歴代の大臣が密かに守り続けていたと言えば、信じる者は多いんじゃないかな」

「先代の大臣はまだ生きてなかったか?」

「……そうだね。あの方は吸血鬼だったから長生きだよ」

「そっちにも協力してくれるよう頼まねぇと。私は知りませんでしたなんて言われたらすぐにバレるぞ」


 話し合う2人を見ながら、朱音は1つの案を思いついた。


(……やりたくはない、けれど……)


 できるだけ嘘をつかず、そして誰も傷つけない、誰しもが納得する。そんな、よい方法。

 だが、それをしている自分を想像すると、身体が恐怖で震えた。


(……ひいひいおばあさま)


 100年前の戦いに挑む彼女もそうだったのだろうか。朱音は拳を握りしめた。

 夏希と話していたころからずっと語り掛けてきた、朱音の中の何かが、「頑張れ」と。「きっとできる」と言ってくる。この声はなんだろう。何処かで聞いたことがあるような、けれど初めて聞くような声だ。


 その声に従うように、朱音は口を開いた。


「……いい方法があります。多分、最短で最善の」


 その方法について話すと、夏希はニヤリと笑った。


「やるじゃねぇか」


 なら、すぐにでも動かねぇと。

 夏希は朱音に魔法衣を差し出し、着替えるように促した。










 第5支部に戻った朱音は、柚子への挨拶もそこそこに、開発班のいるラボへ走った。


「すみません!」

「うわっ、小森さん!? 無事でしたか! 寝てなくていいんですか?」


 何かを縫っていた薫が、針を置いて駆け寄って来た。その優しさは嬉しいが、今はそれどころではなかった。


「お願いがあるんです!」

「ボ、ボクにできることでしたら」

「増田さんにしかできないんです!」

「ちょっと、何の騒ぎ?」


 奥で設計図を描いていた恵美がやって来る。朱音は「騒いですみません」と少し冷静さを取り戻した。


「魔法衣を、作って欲しいんです」

「はい、それは構いませんが……どこを直しましょうか?」

「いえ、これとまったく違うデザインでお願いします」

「と、言いますと?」


 朱音の発言に驚いたのか、薫は困ったように聞いてきた。今まで特に魔法衣のデザインを気にしていなかった朱音が言い出したのだから、そうなるのも仕方ない。そんな彼女に、朱音ははっきりと告げた。


「……100年前の、伊藤天音が着ていた魔法衣と同じデザインで作って欲しいんです」

「どうしたの、朱音。急にそんなこと言って……」


 恵美は不思議なものを見るような目をしていたが、薫は何かに気づいたらしい。キリっとした、職人の表情をしている。


「期日は?」

「できるだけ早く」

「魔法衣だけで大丈夫ですか?」

「はい」

「ちょ、ちょっと、本当にどうしたの?」


 話についていけていない恵美は目を瞬かせた。

 薫がヒントを出すように朱音の名前を呼ぶ。


「小森さん……いえ、伊藤さんとお呼びしたほうがいいですか?」

「どちらでもお好きにどうぞ」

「はっ!? ちょっと、まさか……」

「そのまさかです。私は伊藤天音の子孫、伊藤朱音です」

「うちにある先祖と写ってる写真にそっくりなので薄々そうじゃないかとは思ってました」


 朱音と同じく、旧第5研究所の研究員を先祖に持つ薫は、以前から気になってはいたようだ。


「それが本当だとして、なんで魔法衣に繋がるの? っていうか、まったく同じって……写真だけじゃ作るの難しいでしょ!」

「どうとでもなります。実家に資料が残っていましたから。ちょうど、この間持ってきたので手元にあります」

「ありがとうございます。今後の作戦のために、どうしても必要なんです」

「作戦?」


 時間がないので、朱音は手短に説明した。話を聞いた恵美は目を見開き、信じられないというような顔をしたが、すぐに、


「……わかった。私も手伝うよ。裁縫は専門じゃないけど、できることはあるだろうから」


 と頷いた。既に準備を始めている薫を手伝うように、机の上のものを退けて、布を広げ始めている。


「最短で最高のものをご用意します!」

「お願いします!」


 朱音はそう言うと、ラボを飛び出した。


 次は、支部の他の職員を集めて話をしなくてはならない。

 戻って来たときに、柚子に頼んで職員を食堂に集めてもらっている。覚悟を決めて、朱音は瞬間移動の魔法を使った。

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