同日、ただ自由に

 聞きたくない、やめてほしい。そう言えばいいだけなのに、朱音は何故か夏希の話を聞いていた。そうすべきなのだと、身体が勝手に耳を傾けている。


「お前の先祖はすごいヤツだよ。魔導嫌いで、謙虚で真面目なフリして他人を見下して、醒めた目で夢を諦めてるようなヤツだったけど、それでも前に進んだんだ」

「……実は高祖母のことが嫌いだったりしますか?」

「いや? ただの事実」

「ほぼ悪口ですよね?」

「そのほうがいいだろ。どうせ、お前は魔法復活の祖とか、そのために人に尽くしたとか、そんなコトばっか教えられてきたんだから。けど、それだと人間らしくねえだろ。欠点もあって初めて生き物だ」


 夏希は頬杖をついて、ニヤリと笑っている。可愛らしい顔に似合わない悪役めいた笑い方だ。


「そんな欠点もあったけど、天音はそれを乗り越えたんだ。すごいヤツだと思うよ。だからこそ歴史に残った」

「……結局、何が言いたいんですか?」

「お前は天音と同一視されたくないからか、それとも自分の力不足を認めたくないからか……心の奥底で天音を見下してるみてぇだから、まずは認識を改めさせようと思って」

「……すごい人だったとは、思ってます」

「そうか? あたしには、そう思うフリをしてるだけにしか見えねぇけど」


 この人は心を読む魔法を使えるのか。朱音はそう思ってしまった。


「天音だけであの戦いに勝ったワケじゃねぇのに、天音だけもてはやされてる……そう思ってそうだ」

「……事実でしょう」

「確かに、天音1人じゃ勝てなかった。いや、あたしでもそうだ。あの戦いは、誰か1人でも欠けたら勝てなかった。そんな戦いだったんだよ」

「だったら……」

「皆聖人みたいに崇められればよかったって? そんなの、誰も望んじゃいなかった」


 話しながら、夏希は立ち上がって窓を大きく開けた。冷たい空気が入ってくる。彼女は大きく手を広げて、風を感じているようだった。


「誰も崇められたくなかった。ただ、自由に、平和に、好きなように生きていたかった。それをわかってたから、天音はあえて人の上に立ったんだ」

「……どういうことですか」


 夏希は窓の外を眺めたまま、朱音の問いに答える。


「あたしと零は、何にも縛られずに生きてみたかった。他のヤツらは、ただ自由に魔法を研究できればよかった。地位も名誉もいらなかったんだ。そんなあたしたちの願いを叶えるために、天音は1人表舞台に立って、あれこれ改革を進めたりしたんだよ。他のヤツらが自由に生きるために、犠牲になったんだ」


 あたしは何故か同じくらい有名なままだけどな。

 夏希は面倒くさそうに溜息を吐いた。


「犠牲……ですか」

「そ。ま、歴史に残ったのは天音がほとんどだけど、今の魔法文化はアイツらの研究が生きてる。ある意味、歴史に名を残してるな」


 魔法考古学省の食堂。開発班。医療魔法。様々な分野で、第5研究所の研究員たちの痕跡が残されていた。夏希は今の魔法を学ぶたびに、そのことを感じていたのだと語る。


 そう言われて、柚子の言葉を思い出した。


〈文献だけが残されたものだとは思わないけどね~。技術とか、文化とか、人間は短い命で色んなものを残すよね〉


 あのときは理解できなかったが、今ならわかる気がする。

 文献上は高祖母の記録が最も残されてはいる。だが、今の朱音たちの生活の中には、旧第5研究所の研究員たちが残したものが生きているのだ。


「天音だって、本当は地位も名誉もいらなかったんだよ。好きで偉人になったんじゃない」

「好きでなったわけじゃ、ない……」


 高祖母の気持ちなんて、考えたこともなかった。100年前の偉人。自分の先祖。ただ、それだけで判断していた。


「少しは、天音のコトがわかったか?」

「……多少は」

「ならいい」


 夏希の言うことが本当ならば。高祖母は生きている間ずっと苦しんでいたのではないだろうか。英雄だ、偉人だ、聖人だともてはやされ続けた人生。たった1人で成し遂げたわけではないと、皆のおかげなのだと言いたかったに違いない。


 けれど、そう言ってしまえば、他の皆が望む人生を送れないから。

 大切な人たちのために、天音はあえて人の上に立ち、歴史に名を残したのだ。自分に注目を集めることで、他の研究員たちを守りたかった。その思惑どおり、天音は100年経っても忘れられることなく語られ続けた。


「伊藤天音は、ただの人間だよ。ちょっと有名だけどな」

「ただの人間……」

「朱音。お前は天音に囚われすぎだ。自分に向けられる視線を、全部天音のせいだと思いこんでる。実際はそんなコトないのにな」


 朱音は向けられた夏希の目を見てみる。彼女は、こちらが目を逸らしたくなるほどにまっすぐ、朱音だけを見つめていた。


「お前は確かに天音にそっくりだよ。顔も性格も、魔力もそうだ。お前を見たら天音を思い出しちまう」

「……っ」

「けど、考えろ。もしお前が本当に天音の代わりとしてしか見られてないなら、『天音』として振舞うように言われるはずだ」


 柚子にとっては友人。璃香にとっては母。

 伊藤天音は、そういう存在だった。だが、2人は朱音にその役割を求めたことはない。ただ、部下として、後輩として接してくれていた。


「自分を縛るな、朱音。お前はただの人間の伊藤天音の子孫。それだけだ。誰もお前と天音を比べちゃいねぇよ。そう思ってんのは、お前だけだ」


 誰よりも天音と朱音を比較していたのは、自分自身。

 自分の弱い心が、勝手に天音と比べて、落ち込んでいた。


 それに気づいたとき、朱音は声を上げて泣いた。


(ごめんなさい、ひいひいおばあさま……)


 やっと、貴女のことがわかった。

 涙を流す朱音の背中を、夏希は優しくさすった。

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