いらない僕⑤




脱力した身体を起こし大学を出たのは14時前だった。 精神的に立ち直れず留まっていたがこのままジッとしていても仕方がないと家へ帰ろうと思ったのだ。


―――めっちゃ心は辛いのに腹が減った・・・。

―――でも家って・・・。


家へと着き車を確認する。 母の車はあるため家の中には母がいると分かった。


―――そうだよなぁ、こんな時間に帰ることなんてないし・・・。

―――かといって外食もできないしな・・・。


母と二人きりになるのを避けていたため良が学校から帰ってくるのと同じくらいに要も帰宅していた。

そして要は衝動買いが多く物が溢れ返るため無駄遣いをしないよう極力財布は持ち歩かないようにしている。


―――このまま何も食べないのも耐えられないし、かといって友達にお金を借りるのも嫌なんだよね。

―――仕方ない、真っすぐ自分の部屋へ行って財布を取ってまたすぐに家を出よう・・・。


怖気付く自分に喝を入れ鍵を使ってドアを開けた。


「た、ただい、まー・・・」


消えゆくくらいの小さな声。 ドアの音に気付いたのか母がリビングからやってきた。


「要? いつも帰りが遅いのに今日はどうしたの?」


不思議そうな面持ちで近付いてくる。 いつもはクロが相手してくれているため要が母の顔をちゃんと見るのは久しぶりな気がした。


「い、いやその、別に・・・」


心臓がバクバクしまともに目を合わせられない。 目は泳ぎ完全に人見知りを発揮している状態になっている。


―――どうして今はクロに代わってくれないんだよ・・・ッ!

―――学校では代わって家では代わらないっていつもと逆じゃない!?


「お昼ご飯はもう食べたの?」

「そ、それが・・・」


その質問に答えるかのように要のお腹が鳴った。 要は一気に顔が赤くなり母は笑う。


「ご飯ならあるわよ。 手を洗ってリビングへ来なさい」

「う、うん・・・」


母はリビングへと戻っていく。 要は荷物を置き洗面所へと向かった。


―――・・・お母さんと話したのは久しぶりだ。

―――なのにこうして当たり前のように話しかけてくれるのはクロのおかげなんだよね・・・。


そしてやはりリビングの前へ行くと足がすくんでしまう。 だが今は空腹だということもあり食欲が勝った。 つい先程も母と会話したことから少しだけ緊張が解け自らリビングへ入ることができた。


「今日はお弁当いらないと思っていたから。 残り物でいい?」

「あ、う、うん、もちろん。 こちらこそ急にごめん・・・」

「どうして要が謝るのよ。 それにいつもと様子が違うけど、何かあった?」

「いやいやいや、何もないない! げ、元気!!」


言いながらガッツポーズを見せる。 母は首を傾げていたが特に追及することなく台所へと戻っていった。 それから10分程で食卓に料理が並ぶ。


「い、いただきます」


出されると早々箸を手に取る。 温かいご飯が要の食欲を刺激する。


―――・・・美味しい。

―――そう言えばお母さんの作った温かいご飯を食べるのも久しぶりかも。

―――お弁当は冷めちゃっているし家で食べるご飯は基本クロが食べているからな。


「どう? 美味しい?」

「え? あ、うん、お、美味しいよ」

「よかった」


母は要の前に座る。 見られて気まずいが箸は止まらなかった。


「そう言えば明日から毎日お弁当がいるだなんて驚いたわ」

「・・・え?」


聞き覚えのないその言葉に箸が止まった。


「明日から気合いを入れて作らないとね!」


母は嬉しそうに笑っている。


―――・・・明日からお母さんが作ったお弁当を毎日?

―――クロが言ったのか?

―――もしかして俺とお母さんの関係を近付けさせるために水島さんのことを拒絶した・・・?


頭で理解しても感情はそうはいかなかった。 母のお弁当を毎日食べることが悪いとは言わないが、やはり水島とのランチタイムはかけがえのないもの。

しかももしそうだとしたら他にやりようがあったはずだ。 水島を傷付けることと母の弁当を毎日食べることは別の問題である。


「そうだ。 今日は大学どうだったの?」

「・・・え? 大学? 普通だよ、普通」

「そう? 他に報告とかはないの?」

「え? そんなのないけど・・・」


母が求めている言葉が分からず首を捻っていると僅かに寂しそうな表情を見せた。


「今日の要、やっぱり少し変ね。 いつもは大学で起きたことを楽しそうに話してくれるのに」

「え・・・」

「ご飯を食べる時もいつも笑顔でもっと美味しそうに食べてくれるのよ? 今日やっぱり何かあったんじゃないの?」


母は要を心配してくれているのだ。 それは自分でも理解していた。 だがそれ以上に負の感情が込み上がってしまった。


「・・・お母さんの目に映る俺は本物の俺じゃないんだ」

「え?」


母の目に映っているのは要ではなくクロ。 そう思うと寂しくなり気付けばリビングを後にしていた。


「要!! どうしたの!?」


母の声が聞こえるがお構いなしに家を出る。 行く当てもなく要は走り出した。


―――大学に俺の居場所なんてない。

―――そして家でも俺の居場所を失った。

―――俺じゃなくてクロが存在していける場所はきっといくらでもある。

―――・・・でも俺が存在していい場所なんてどこにもないんだ。



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