72話 その一族は
ノマーニが語るところによると、彼らは隣国の一地方に住む一族だった。
自給自足が主だがそれだけでは暮らしていけず、傭兵や間者のようなこともやって暮らしていた。
――だが、平和な時代が訪れ、傭兵稼業が減っていく。
さらに、元いた場所も追いやられ、散り散りになったというのだった。
「……ですので、一族の住む場所を提供していただきたいのです」
聞いたエドワードは、自分だったらノーだな、と考えた。
素性の知れない者たちが一族で固まって住んでいたら、普通は謀反を疑う。
実際、追いやられ散り散りにされたのもそこの領主がそれを懸念したからだろう。
……が、それはシルヴィアの魔術がなければ、の話だった。
シルヴィアは、チラチラとエドワードを見た。
私が答えていいのかな? と、思って様子をうかがったら、エドワードの表情からしてあまり好ましい雰囲気ではないのが読み取れたのだ。
「……えっと。どこに住みたいですか?」
シルヴィアは、答える前に質問した。
エドワード、ジーナがウンウンとうなずく。
シルヴィアは合ってた! と思い、フンス、と息を吐いてご満悦になる。
ノマーニはそれを見て笑いそうになってしまった。
……大人たちの傀儡かと思ったが、愛されているようだと微笑ましい気持ちになってしまったのだ。
「実は、もう一つお話をすることがあります。先祖はこの城塞に勤めていたのです」
それには全員が驚いた。
――なぜ、ここに勤めていた者が隣国に住む?
全員そう考えたのがわかり、ノマーニは苦笑して弁解した。
「当時に何かがあり、一族ごと追い出されたようです。いえ、私たち一族が何かをしたというわけではないでしょう。この城塞が長らく無人だったことに関係があるかと」
ノマーニの話を聞いたエドワードは、顎に手を当てうつむき考え込んでしまった。
ノマーニはチラッとエドワードを見たが、そのまま話を続ける。
「ですので、以前一族の住んでいた場所――南下したところに集落を作ることを許可していただければ、私どもはシルヴィア・ヒューズ様に永遠の忠誠を誓います」
全員が頭を下げた。
恐らくエドワードが止めるだろうと考えていたノマーニだったが――
「ん! いいですよ」
軽く言ってのけたシルヴィアに、ノマーニたち全員が呆気にとられた。
「「「「え?」」」」
ノマーニたちは顔を上げてシルヴィアを見つめる。
注目を浴びたシルヴィアは、えっへん、と腹を突き出しつつ言った。
「私は、ぶかおもいのあるじなのです! それくらいのよーぼーはヨユーなのです!」
「「「さすがです! シルヴィア様!」」」
ジーナ、カロージェロ、ベッファは『さすシル』を唱え拍手したが、エドワードだけは天を仰いだ。
ノマーニには、エドワードの心情がわかる。
たった一人の護衛騎士としては、怪しすぎる自分たちに離れた場所で固まって住んでほしくないだろう。
何を企み、どんな問題を起こすかわからない。
だが、城主は幼女、そんなことは思いもつかず許可してしまった。
そしてなぜか、止めるべき側近たちがシルヴィアをたたえる始末だ。
まともなのはエドワードだけか、と内心苦笑する。
エドワードは顔を戻すとハァ、とため息をつき、言った。
「ま、いいんじゃないですか? シルヴィア様に永遠の忠誠を誓うのであれば。――では、シルヴィア様、お願いいたします」
エドワードがあっさりそう言ったことにノマーニは驚いた。
エドワードが一礼すると、ジーナ、カロージェロ、ベッファも一歩下がりシルヴィアに一礼する。
シルヴィアは逆に前に進み、ノマーニたちの目の前に立った。
戸惑うノマーニたちが目にしたのは、先ほどとは打って変わり、無表情で無感情に自分たちを見つめるシルヴィアの瞳だった。
「『私が城主で、あなたがたの主です、【
ステッキをトン、と地面に突く。
ノマーニは、あぁ……なるほど、この方は確かに我らの主になる方なのだ――そう悟り、頭を垂れた。
「ん! 全員、ちゃんと住めます。えっと……『これからのかつやくにきたいする!』だっけ……」
チラチラとエドワードの方を見るシルヴィア。
ジーナが小声で、「合ってますよ、シルヴィア様!」と励ましたら、ドヤァ! と、再び腹を突き出した。
「ンンッ……! では、希望通りにしましょう。家族と同居する場合、必ずシルヴィア様に目通りさせ、許可を取るように。――ベッファ、彼らを連れてメイヤーに話をつけておいてくれ。すぐには住めないだろうから、しばらくはこの城塞の使用人部屋に住むよう、手配も頼む」
エドワードはシルヴィアのかわいらしさに笑いそうになるが、こらえるため咳払いをして誤魔化し、ベッファに指示を出した。
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