59話 ベッファの弁解

「私の名は、ベッファ。シルヴィア様とカロージェロさんに見抜かれました通り、オノフリオ侯爵に雇われた間者です」

 弁明というか、ぶっちゃけてきたなとエドワードは考えた。

「あぁ、別にオノフリオ侯爵に忠誠を誓っているわけではありません。家族は別ですが」

 笑顔で伝えてきた。

 ベッファの話によると……。


 ベッファの家族は代々オノフリオ侯爵家に仕えている由緒ある使用人だ。

 父は家令、母は筆頭侍女、長男も家令になるべくオノフリオ侯爵子息の側近として重用されている。

 この忠義篤い家族で、ベッファだけはオノフリオ侯爵家に忠誠を誓っていなかった。

「まぁ、長男は家令としての将来が約束され、しっかりした教育もされ、待遇が良いですが、次男以降は捨て駒みたいな扱いでして。裏の仕事をやらされることもありますし、こうやって隣国で間者のような仕事もやらされます」

 ベッファが苦笑した。


 息子が危険な任務について大怪我をしようが、『失敗しただと!? 腕がもげようが足がなくなろうが、オノフリオ侯爵家のために任務は完遂しろ!』と怒鳴られる。

 たとえベッファが死んでも『お役に立ったなら本望だ』と言うだけだろう。オノフリオ侯爵から労りの声をかけられたら、それこそ泣いて喜ぶはずだ。

「しかも、両親揃って洗脳のように『忠義を尽くせ』などと言われ続け、辟易としておりました。ですが、それを態度に出すとすさまじい折檻をされるので、表面上は取り繕っていましたよ」

 両親が怖いのは、自分の子どもを道具のように扱うことではない。道具と見なして忠誠を尽くすことだ。

 そんな狂信的な一家だ、もともと捨て駒扱いだが、忠誠心がないと悟られれば親から殺されるのはわかっている。

 だから、忠誠心溢れる演技は板についていて、猜疑心の強い家族にも決して悟られてはいなかったのです、とベッファは暗い笑みを浮かべた。

「あの面談のときも、私は完璧に動いたと思います。絶対に見抜かれない自信がありました。なのに……シルヴィア様にあっさりと見抜かれました」


 実は、膝をついたのはベッファが一番先だったのだ。

 つられて全員が膝をついた。

 もともと候補者全員が忠義を尽くすタイプだったのだろう、ベッファの演技につられ、感極まって全員膝をついたようだ。


 ベッファが思い出したように、うっとりとした顔になる。

「あの時の、シルヴィア様の瞳を思い出すとゾクゾクします……! まるで踏み潰した虫を見るような、何の感情もない空っぽの瞳……。あの瞳に射貫かれ、私は、この方こそが私のお仕えする方なのだと天啓を得たのです……!」

 熱に浮かされたように語るベッファに、エドワードがドン引きした。

 そして、シルヴィアの言った意味がわかった。


 つまりは、シルヴィアへの狂信者が増えたのだ。


 エドワードがカロージェロを見ると、ものすごく同意したかのようにうなずいている。

 そしてエドワードに微笑みかけた。

「彼の罪は、『シルヴィア様へ嘘偽りない忠誠心を捧げる』という贖罪により浄化されました。今、この城塞で罪を負っているのにシルヴィア様にまとわりついているのはあなただけですよ、エドワード」

「うるせぇ。お前にだけは懺悔しねぇ。それに、俺だってシルヴィア様に永遠の忠誠を誓ってるわ。なんならシルヴィア様と魔術で契約してるわ」

 思わずエドワードがうなった。

 すると、二人が食いついてしまった。


「なんですって!? そんな素晴らしい魔術があるのですか!?」

「そういう大事なことを、なぜ言わないのですエドワード!!」


 二人に迫られ、しまったと思ったが後の祭りだ。

 二人はシルヴィアのもとへ走り、永遠の忠誠を誓うので魔術契約してくれと迫ったのだった。


「……ってことで、狂信者が増えた。でもって、魔術契約しちまったからシルヴィア様への裏切りはない。だけど、魔術契約しちまったからあの二人は死ぬまでシルヴィア様と一緒にいる気だ」

 ゲンナリとしてエドワードがジーナに言った。

「ははぁ。……良かったですね?」

 なんと答えていいのかわからず、当たり障りのなさそうな返答を返すと、エドワードがクワッと目を見開いた。

「いいわけねーだろ! うざいのがさらに増えたんだぞ!」


 なるほど、ベッファの家系は忠義の篤い一族だというのが非常に理解できた。

 結局のところ、ベッファもその血を受け継いで、あるじは違えど狂信的に誰かに忠義を尽くすタイプだったのだ。

 本人はそれをわかっているのかいないのか……。ただ、契約するほどなので、そうとうイカれているのだけはわかった。

「シルヴィア様のためならば、裏の仕事も間者も喜んでこなしましょう」

 とか言いだしている。お前、嫌々やっていたんじゃなかったのか。

「……変なのを寄越すなよ、オノフリオ侯爵……」

 エドワードはため息をついた。

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