53話 もう一つのお願い
「そういえば、お願いはあともう一つあるんです」
ジーナが切り出した。
「どちらかといえば、こちらのお願いの方が大切なんですけど……。私、どなたかに侍女として鍛えていただきたいんです。今のままではいつか『公爵令嬢』としてのシルヴィア様に仕えることは出来なくなりそうで」
並んで歩いていたエドワードがジーナを見る。
それは、エドワードも考えていたことだった。
確かに、知識がないわりにはよくできている。
だが、そう判断するエドワード自身も侍女の心得を知らず、表面的にはよくできているが、これで足りているのかはわからない。
「……俺が使える伝手は、隣国しかないぞ。というか、むしろカロージェロの伝手になるのか」
そう言うと、露骨に顔をしかめる。
ジーナはそんなエドワードを呆れた顔で見た。
「まだカロージェロのことを苦手に思ってるんですか? もう半年以上一緒に仕事してるじゃないですか。しかも私なんかよりよほど親密にしてらっしゃいますよね?」
「親密って言い方、やめてほしいな」
エドワードが仏頂面で答えた。
ただ、神官長と家令を兼務している側近と護衛騎士の肩書きを持った側近なので、打ち合わせも多いし、特にシルヴィアの城主としての教育に関しては対隣国を想定しているのでどうしてもエドワードとカロージェロは組んで意見交換しないといけないのだ。
どれほどに互いに嫌だと思っても、シルヴィアのためなら我慢しなくてはならない。
ハァ、とエドワードが重いため息をついた後、ジーナに言った。
「……奴と相談して、侍女の教育係を務めてくれそうな人を探すよ。シルヴィア様の令嬢としての教育もそろそろ行おうかと思っていたし、ちょうどいいから紹介してもらおう」
隣国の侯爵としては、なぜこちらに頼むのかと訝しむだろう。
建て前としては、遠方過ぎてここまで来てくれる教育係がいない、ということにしてある。
実際その通りだ。
募集したところで、こんな僻地にわざわざ来るような教育係はろくな奴じゃないと思う。
それに、付き合いが多くなるのは隣国になる。
ならば、隣国のマナーを学んだ方が良いというのを理由にして隣国の支援を得ようと考えている。
なぜ国内の付き合いが希薄になると言い切れるかというと、国内のみを通り城塞都市に入るルートがないからだ。
裏門の跳ね橋からでないと、この城塞には来られない。だが、跳ね橋は基本的に上がっている。
残るは隣国経由……三人が選ばなかった分かれ道の方は、隣国の関門に通じている。
関門を通ってしばらく進むと橋があり、それを渡り、川沿いを歩けばまた関門がある。そこからシルヴィアの補修した橋につながっているのだ。
いびつに切り取られたかのような城塞都市は、恐らく隣国と公爵家とで何かしらの取り引きが発生し得たものではないかとエドワードは考えている。だが、今のところ放置だ。経緯はどうであれ、シルヴィアが城主であることは揺らがない。
シルヴィアは城塞の城主となる契約書を持っている。しかも、魔法契約だから絶対に覆せない。
無理に破棄しようとしたら恐らくなんらかの罰則が下るはず。こうなると、王ですら無理だろう。
だから、城塞から離れない。離れられない。
「――エドワード?」
と、ジーナに声をかけられてエドワードは我に返った。
カロージェロに相談したくないあまり、余計なことを考えていたな、とエドワードは思い、気を取り直してジーナに再度うなずき、了承したと伝えた。
そのまま雑談を交わし、シルヴィアの部屋の前まで着く。
ノックした後ジーナとエドワードが覗くと、シルヴィアはもう起きていた。
何やら暴れている。
ジーナはエドワードと顔を見合わせ、
「どうしました? シルヴィア様」
と、尋ねると、シルヴィアがふりむいた。
「うんどうしてたです」
と、真顔で答える。
「「運動」」
二人がハモった。
なぜまた急に、と思ったら、真顔でシルヴィアが答えた。
「ジーナもエドワードも馬にのれるです。でも私はのれないです。のれるようになりたいです。豚さんじゃいやです」
ジーナとエドワードが噴き出しそうになった。
――以前、ジーナとエドワードが馬に乗っているのをシルヴィアが見つけ、自分も乗りたいと言いだした。
二人乗りをしたのだが、シルヴィアは自分一人で乗りたいと言う。
危険だと止めたら、豚が進み出てきた。自分に乗れ、と。
……乗れたし、乗せた豚も満足げだったし、豚に乗ったシルヴィアはかわいかったしで、シルヴィア以外はウンウンとうなずいていたのだが、シルヴィア自身は満足していなかったようだった。
「だから、うんどうしてます。いっぱいうんどうして、馬さんにのれるようになるです」
シルヴィアの回答にジーナが強く反論する。
「そんなことを言ったら、豚さんが悲しみますよ? 豚さんもシルヴィア様を乗せてとても満足げでしたし、豚さんのためにも豚さんに乗るべきです!」
うぐ、とシルヴィアが詰まった。
シルヴィアは七歳。だが、まだ小さく細いので余裕で豚に乗れてしまう。
たくさん食べさせているのだが、なぜかぜんぜん太らないし成長も遅いのだ。
口を尖らせつつもじもじするシルヴィアに、エドワードも諭した。
「運動は大事ですし、たくさん食べるのも大事です。ですが、シルヴィア様の年齢や体格ではまだまだ馬は危険です。もう数年はかかります。それまでは豚で練習していてください。馬もいつかシルヴィア様に乗っていただけるのを心待ちにしているでしょうし、豚もシルヴィア様を乗せて練習するのは本望かと」
エドワードの説得で納得したシルヴィアが大きくうなずいた。
「はい! じゃあ、豚さんにはもうちょっと練習相手になってもらいます」
「それがいいでしょう」
エドワードが笑顔でうなずいた。
エドワードも、豚に乗るシルヴィアがかわいかったので、もう少し乗ってほしいと考えていたのだった。
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