52話 ジーナの頼み

 人の動きが活発になるほど、大なり小なりのトラブルが勃発した。

 特に、隣国からの移民希望はトラブルが多かった。

 移民希望者は役所で必要事項を記入した後、シルヴィアとの面談が入る。

 その際、エドワードの他にカロージェロが同席し、カロージェロが照罪スキルで罪を見る。

 エドワードは、自分という事例があるのでカロージェロのスキルをこれっぽっちも信用していないのだが、残念ながらエドワードこそ例外中の例外だったようで、カロージェロが渋る希望者はだいたいシルヴィアの魔術を撥ねつけた。

「ダメです。すめないです」

 シルヴィアがそう伝えた者は、たいていシルヴィアを舐めて脅しにかかるが、カロージェロが前に進みニッコリと笑顔で攻撃する。

「まず、罪を悔い改め、贖罪されてから出直してきてください。神はあなたをいつも見ていますよ」

 これで脛に傷を持つ者は鼻白む。

 最後にエドワードが前に進み、ダメ出しをする。

「端的に申し上げますと、犯罪歴をお持ちの方は住民になれません。ましてや城主様を敬わない人間はなおさらその権利がありません。どうぞ、退去ください」

 そして警備隊を呼び、有無を言わさず強制的に退去させ、次からは入国出来ないように手配する。

 だいたいはこれで治安が守られていた。


 エドワードが仕事を終えてソファに倒れ込むように座ると、ジーナがスッとお茶を出した。

 エドワードは微笑むジーナを驚きながら見た後、カップを手に取り、香りを確かめ、口に含む。

「――うん。上手く淹れられるようになったじゃないか」

 笑顔でジーナに伝えた。


 なんだかドヤ顔をして差し出してきたなと思ったらお茶を淹れられるようになったからか、と、エドワードが内心で苦笑しながらお茶を飲むと、得意げにジーナが話す。

「以前、エドワードに説教されましたので。デボラさんに無理を言って特訓してもらいました!」


 何しろ、本当に料理は壊滅的なのだ。

 お茶も、それはもうひどかった。

 シルヴィアはジーナの壊滅的な腕で淹れたお茶でも平気で飲んでいたが、平気で飲めるからといって好んで飲むのとは違う。エドワードに至っては、口に含んだとたんに噴き出し咽せていた。

 エドワードがジーナにちょっと苦言をしたら珍しくジーナがお冠になり、シルヴィアを巻き込んだ料理対決を行い、そこで、もはや毒料理といったシロモノを作り出したので、ガチでエドワードが説教し、反省したジーナがデボラにお茶を淹れる指導を頼み込んだのだった。


 エドワードは今度こそ苦笑すると、ジーナにも休むように勧めた。

「俺だけ休憩していたら格好がつかないから、ジーナも付き合ってくれよ」

 そう言うと、優雅な手つきでジーナにお茶を淹れた。

 ジーナはムムム、と、エドワードの手つきを見てうなると、向かい側のソファにストン、と座る。

「……エドワードはずるいです。どうしてスキルも使わず淹れられるんですか!?」

「……そもそも、お茶を淹れるのにスキルを使う奴ってそんなにいないと思うけど?」

 ふてくされたジーナに、エドワードが困ったように返した。


 ジーナはふと窓の外を見た。

 今日もいい天気だ。

 窓から見える海が、光を反射してきらめいている。

「……最近、隣国との交易が活発ですよね」

「あぁ、もともと資源が豊富だからなここは。農産物もとびきり上質なのが採れるし、鉱物も質がいいらしいよ。特にこの半年はね」

 エドワードは、シルヴィアの魔術のせいなんじゃないかと疑っている。

【支配】の魔術が、この半島全域を循環してより良い方向に向かっている気がしてならない。

 実際問題、ここで採れた作物で作った料理は他で食べる料理より格段にうまいと感じる。

 それもあって隣国からは観光客までも押し寄せてくるのだ。


 ジーナは少し言い淀んだが、それでも言った。

「……落ち着いたからか、考えてしまうんです。……叔父のことを」

 いったん区切り、俯き、窓の外を見た。

「今日みたいに晴れた日に海を見ると、私のことを真摯に考えてくれて『一緒に旅をしよう』と言ってくれた行商の叔父がどうしているかを。……いつか、ここに行商に来てくれないかなって。そうしたら私、ここで幸せに暮らしていることを伝えられるのに、って」


 エドワードは相づちを打たずゆっくりお茶を飲み、最後の一口を飲み干すと言った。

「もう少し直接的に言ってほしいかな。『叔父の行方と動向が知りたいので調べてください』ってね」

 ジーナは顔が赤くなった。

「はい! すみません! ……そうです。叔父の行方が気になってるんです。できれば会いたいし、そうじゃなくても手紙を渡したいと思ってます。……エドワードは、そういうの得意そうなので、ぜひお願いしたいんです。……かなり私用になるんですけど……」

 ジーナが頭を下げると、エドワードはジーナの頭をポンポンと叩く。

「ま、私用だからさすがに無料でとはいかないよ。かかった費用は給料から引くからね。それでいい?」

 ジーナが顔を上げると、輝く笑顔でうなずいた。

「はい! よろしくお願いします!」

 立ち上がると、

「もうそろそろシルヴィア様がお昼寝から目を覚ますと思うので、様子を見てきますね」

 と、食器を片付けながら言った。

「そうだな。俺も顔を出しておくか。一応、護衛騎士だからね」

 ジーナが振り向くと笑う。

「それ、みんな忘れてますよ」

 エドワードはジーナの言葉に苦笑した。

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