41話 エドワード、憤る

 カロージェロは瞑目し、目を開くと唐突に三人に向けて語り始めた。

「私は、『照罪』という、人の罪が見えるスキルを持っています」

 仰天するジーナと眉根を寄せたエドワード。

「エドワードさん、私の目には貴方に久しく見たことのないほどの罪が見えます。大まかにしかわかりませんが、かつて貴方は誰かを騙し、盗みを働いた、ということがわかっています。……それで調べさせていただいたのが、貴方と最後に話した事件です。ですが……貴方自身、そのことについて罪を感じてないように見えます。また、貴方は神官長に懺悔を促され、心底心当たりがないといった様子だったらしいですね。……そんな貴方だから、私は危険を感じ、貴方をシルヴィア様から引き離したいと思ったのです」

 ジーナはカロージェロとエドワードの顔を交互に見つめた。

 エドワードはそんな人じゃないとハッキリ言い切れる。

 だけど、スキルは確かなのだろう。だから、カロージェロは神官になったのだということがわかった。聖魔術ではなく、スキルが彼に神官の道を歩ませた。人の罪が見える彼に、罪人にそれを告げ懺悔させるために。


 エドワードは、あからさまに「何言ってんだコイツ」という侮蔑の表情でカロージェロを見た。カロージェロの告白を聞いてそう思ったしカロージェロを挑発する意味もあったが、カロージェロは乗ってこなかった。

 エドワードは、チ、と舌打ちすると、カロージェロに向けて言った。

「俺は確かに詐欺を働いた。同じ騎士団にいた連中の金を盗んだ。で? だからどうした? その前にその連中は、俺を冤罪にかけ、仕事を押しつけ金を借りて返さず、俺をさんざん利用してきた。詐欺にかけてやった奴も、俺を舐めて利用しようとしてきた連中だ。俺がやったことが犯罪なら、他の連中も犯罪だし、なんならお前がやったことも犯罪だろう? お前は主君にまで己の素性を隠しこの屋敷に危険な人物を呼びよせた。それは罪じゃないのか?」

 そう問いかけ、さらに言い募る。

「俺は、過去の事件を伝えたし、今回の件だってちゃんとシルヴィア様に話して許可を得た。ジーナにも事情を説明していたからジーナはお前を守るために賊に立ち向かい大怪我したんじゃないか。もう一度言うが、俺にとっちゃシルヴィア様に危険なのはお前の方だ」


 エドワードの言葉でカロージェロは、ジーナが何度も「頼りないかもしれませんが、私でよかったら事情をお話しいただけませんか?」と繰り返していたことを思い出した。カロージェロがジーナを頼っていれば、エドワードももう少しやりようはあったのだ。カロージェロは、エドワードはもちろんジーナのことも信頼しておらず、だからエドワードもカロージェロにはいっさい作戦を打ち明けなかった。

「俺は、お前が隣国の貴族の子息で犯罪に巻き込まれこの町に流れついた、ってことを洗い出しているんだ。橋ができて開通したことで、隣国との交流が盛んになった。お前の目立つ容姿について隣国に噂が流れたら、ヤバそうな連中がお前を暗殺しに城塞へ押しかけてくる、って結論に行き着いて頭を抱えたよ!」

 エドワードは、カロージェロの眼前に指を指を二本立てて突き出した。

「だから俺は策を二つ練った。一つ目は、暗殺者がもしもやってきたら、一網打尽にして全員殲滅し、時間を稼いでその間に俺がシルヴィアの名代で隣国と交渉する、ってのだ。一人でも捕り逃がしたら余裕がなくなるどころか相手はさらに戦力を投入してくるだろうって危険はあったが、普通なら失敗はしないはずだった。――で、お前が事情を語らなかったどころか策をめちゃくちゃにしてくれて、策が失敗したわけだ!」

 エドワードの嫌みな説明はまだ続く。

「こちらの戦力は俺一人だ。ジーナもそうだったがお前を助けるために大怪我を負った。向こうはそんなことは知らないだろう。だから次は大規模な侵攻をしてくるかもしれない。そうなったらさすがに俺一人じゃどうにもならない。城塞に立てこもるって手は、援軍が期待できるからだ。だが、援軍なんかいくら待っても来やしねぇんだよ!」

「そうなりゃ仕方ないから次の策だ。俺がこの城から消えれば連中も脅威が一つ消えるだろう。それでも大軍を送ってくるかもしれないから、公爵領のあちこちに噂を流すことにした。『隣国の動きがキナ臭い』ってね。そうすりゃ、目立つほどの大人数を送り込んできたら即座に公爵家当主であらせられる魔獣討伐筆頭魔術騎士サマが、自ら先陣を切り討伐してくれるだろうからな」

 カロージェロは、エドワードの深謀を啞然として聞いていた。

 そこまで考えているとは思わなかったのだ。情報通であるし、その使い方にも長けている。

 エドワードの話はまだ続いた。

「だから俺は、シルヴィア様の前から姿を消すしかなくなった。城を出て、情報を流し、潜伏するしかなかった。……確かに、俺が姿を消してもシルヴィア様が平然とされていたら嫌だったけどな、ずっと泣き通しで俺の名前を呼ばれ『出てこい』って言われ続けられてたのがどれだけ苦しかったかわかるか? 俺はシルヴィア様から契約の魔術を受けている。裏切ってなどいないし隠れていただけでそばにはいたんだけどな、それでも気が狂いそうにつらかったんだぞ!」


 キレるエドワードを、ジーナが呆れた目で見ていた。

 ジーナも事前に頼まれていたからエドワードが隠れてシルヴィアを護衛していたのを知っていた。なんなら使用人の女性エンマも頼まれていた。

 それは、エドワードがいなくなったらジーナに負担が一気にかかるだろうからとサポートをお願いしたのだ。


 ……これは、エドワードが頼んでおいてよかったと心から思ったのだった。子どもを五人ほど育て上げた女性なので、幼児の扱いはお手のものだったからだ。エドワードがいなくなったのを幸いにカロージェロがシルヴィアに取り入ったらどうしようかと心配していたがまったくの杞憂、幼児の扱いが下手すぎてシルヴィアがかわいそうになったくらいだ。


 ジーナは、大の大人のくせにそんなに離れがたかったのか、姿は見せないにしろシルヴィアを見守っていただろうに、と思ったが口には出さなかった。


 カロージェロは、自分が危惧していたことはまったくの杞憂で、むしろカロージェロこそ独断で行動し彼らのチームワークを壊していたことを理解した。

 神官長の顔が浮かぶ。カロージェロの頑迷さに、いつも手を焼かされていた神官長。迷惑をかけているのは分かっていたが、なぜ神官長がそれほどに困り頭を抱えているのかはわかっていなかった。

 今、エドワードに生死がかかった問題として突きつけられ、深く反省した。

 カロージェロは、憑き物が落ちたような顔をすると、戸惑う三人に深く頭を下げた。

「私の勝手な思い込みと独断で、生死のかかった危険にさらしてしまいました。本当に申し訳ありません」

 エドワードはイライラと黙った。

 頭を下げたくらいで許す気はない。エドワードにとってシルヴィアは、自分の命よりも大事な主君であり、生涯守ると決めた相手だ。ジーナは、その主君をともに守り仕えようと約束した相手で、シルヴィアの家畜よりも軽い命であるカロージェロなんかをかばい、死ぬかもしれない大怪我を負わされたとなっては憤懣やるかたない。

 だが、ジーナは許すだろう。

 シルヴィアに至ってはどうでもいいと思っているに違いない。

 シルヴィアに、「俺がそばにいられなくなったのはカロージェロのせいです」と進言したいという誘惑にかられていると、

「エドワード様の采配のおかげでうまくいきましたから、これで終わりにしましょう。ね? エドワード様」

 と最大の被害者であるジーナに同意を促され、エドワードはうなずくしかなかった。

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