35話 ジーナの治療、神官長の説教

 ジーナをベッドに運び、治療するためにエドワードが服を脱がせる……というか引き裂いていく。後日ジーナに「責任をとれ」と言われたら甘んじて受けよう、などと考えつつもテキパキと手当てを進めた。

 シルヴィアは起きていたが、ジーナの惨状を見て仰天し、見る間に涙が膨れ上がり、声を出して泣き始めた。エドワードはあやしてやりたかったが、それどころではない。

 騒ぎを聞きつけてやってきた使用人たちに、エドワードが指示をする。

「賊が襲ってきた。ほとんど返り討ちにしたがジーナが重傷を負った。……通用口付近にカロージェロが倒れている。単なる魔力切れだから、肩を貸して部屋まで運んでやってくれ」

 エドワードは、騎士団の時にこき使われいろいろやらされていたことを感謝することになるとは思わなかったな……と、感慨深く思いつつジーナの手当てを終えて、ひと息ついた。

 手当てが終わって少し経った後に、青い顔をした使用人に引っぱられて神官長がやってきた。エドワードが指示していたのだ。


「夜分に申し訳ありません。ですが、賊に襲われ、侍女のジーナが重傷を負ってしまったのです。どうか治療の魔術をかけてもらえませんか」

 エドワードが深く頭を下げると、神官長は「頭を上げてください」と手で制した。

「もちろん、全力を尽くしましょう。ですが……私はさほど魔力が多くも強くもないのです。多少の改善は見込めますが、全快は無理だと考えてください。……そうですね、今まで骨折で回復の魔術をかけたことがありますが、後遺症が残らなかった、くらいで、治るスピードは多少早かったという程度でした」

 そこまで言うと、エドワードの姿を見て苦笑する。

「――ジーナさんは私が見ています。ですので、服を着替えてきたらいかがでしょう?」

 エドワードは頭を上げると、自分を見下ろした。……確かに、血がこびりついてひどいありさまだった。


 エドワードが湯あみをして衣服を着替え出てくると、泣きつかれたシルヴィアがジーナの寝ているベッドに突っ伏していた。

 神官長がエドワードに気づいて一礼する。

「魔術による火傷の方は、多少効果がありました。毎日回復の魔術をかけていれば恐らく痕は残らないかと思います」

 エドワードは大きく安堵の息を吐いた。

 神官長は、エドワードの様子に微笑みつつ付け加える。

「私よりもカロージェロの魔術のほうがまだ見込みはあるので、カロージェロにかけさせましょう」

 とたんにエドワードは顔をしかめてしまった。

 神官長は、エドワードの一連の様子を見て、彼の危険度はやはり理由を聞かないと判断できないと感じた。

 彼は、わかりやすい。

 そして、仲間想いだ。

 賊は間違いなくカロージェロを狙った者だろう。

 ジーナはそれに巻き込まれて負傷してしまった。

 その賊を、エドワードはあの有り様になるほどに戦って退けたのだ。

 カロージェロも魔力切れを起こしているが無事だそうだし、ジーナの手当ても、多少医療の心得のある神官長が見ても完璧だった。

 彼は、人を助けるための心得がある――それこそが彼の優しさだと神官長は悟ったのだ。

 神官長はエドワードに苦笑を向けると、諭すように言った。

「エドワードさん、貴方はカロージェロを信用しておられない。――ですが、カロージェロはこの城塞で働く一員のつもりですし、シルヴィア様への尊崇は怖いほどにあるのです。ですから、お二人で腹を割って話し合うことをお勧めいたします。事情はわかりませんが……今回のジーナさんの怪我も、そのあたりにあるかもしれないと私は感じました」

 エドワードはまたわかりやすく驚きと衝撃を受けた顔をする。

「ジーナさんの容態は落ち着いたようですので、私は一度カロージェロの様子を見に行きますね」

 神官長が一礼して去った後も、エドワードはジッとジーナとシルヴィアを見つめていた。

 その瞳は昏く澱んでいた。


 カロージェロが目覚めると、そこは自室でそばに神官長が座っていた。

「目覚めましたか? 魔力切れということですが……他に怪我はありませんか?」

 カロージェロは慌てて身を起こす。

「私は無事です。それよりも、ジーナさんが……」

 神官長はカロージェロを手で制す。

「ジーナさんは一命を取り留めました。エドワードさんがこれ以上ないという手当てをし、完璧な指示を出したおかげですよ」

 カロージェロはエドワードの名を聞いて、エドワードそっくりに顔をしかめた。

 そんなカロージェロを見て、呆れたようにヤレヤレと首を横に振った。

「まったく、貴方がた二人は……。いいですかカロージェロ。貴方も神官であるならば、相手に歩み寄りなさい。貴方は罪が見える。ですが、貴方自身が罪を裁いてはなりません。私たちは、司法を司るものではなく、罪を抱える者を導く者なのです」

 カロージェロがぐっと詰まった。

 まさしく正論だ。罪を裁きたいなら司法の道を進むべきだったのだ。聖職者になると言いながら己の目に映る罪人を裁こうとするのは、明らかに矛盾しているだろう。

 神官長はさらに説教する。

「エドワードさんと話し合いなさい。貴方がた二人は、そっくりの顔で互いを悪人だと思い込み厭っています。エドワードさんは護衛騎士です、神官が突然訪れて家令をやりだしたら警戒するのは当たり前でしょう。いいですかカロージェロ、貴方が歩み寄り、ちゃんと弁解し納得させ、そして罪について語りなさい。……言い過ぎかもしれませんが……貴方がた二人のいがみ合いによる対話不足理解不足が、ジーナさんの怪我につながったのではないですか?」

 それを聞いたカロージェロは、天啓を得たような反応をした。

 目を見開き、宙を見据える。

 神官長はカロージェロの様子をいぶかしみながらも、

「……ジーナさんへの回復の魔術はカロージェロに任せます。毎日かけていれば傷痕は残りにくいでしょう。あと、気づいたら必ず礼を言うのですよ。それから……気が進まない気持ちはわかりますが、今回の件も含めて、エドワードさんに貴方の過去を話しなさい。場合によっては城主であるシルヴィア様に頼み、隣国に訴え出てもらうしかありません。これは、下手をしたら国同士の戦争につながることです」

 最後にそう説教して、カロージェロの自室を出た。

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