CASE5 MAYOHIGA 下(2)
「いてて……」
俺は勢いよく、畳に叩きつけられた。
そうすると、ごめん。大丈夫?と頭上から聞こえてきた。
どうやら、会話はできるらしい。
女性は俺の前に座るともう一度大丈夫と聞いてきた。
俺は大丈夫ですと答えると、よかったと返してくれた。
「というかここにいて安全なんですか?」
見回すとここは旅館の一室のようだ。
入り口は一つ。化け物が来たら、逃げられそうにない。
「あぁ、ここまで化け物追われてきたわけじゃないんだ?」
「俺もきたばっかでよくわかんないで、とりあえず、あなたを追ってきたんです」
「そういうことかぁ……。助けに来てくれたってわけじゃないんだね。 とりあえず、あの化け物は部屋に入れば追ってこないの。 積極的に何かしようってわけじゃないけど、逃がさないようにしてるみたい。 出口なんてあるかわかんないけど」
「へぇ……、随分くわしいんですね。 もしかして随分長いことここに?」
「ううん。四日ぐらい。時間の感覚なんかよくわかんないけど」
そういうと、女性は古い帳面を俺に差し出してきた。
これにいろいろ書いているそうだ。
おれはパラパラとめくる。
そこには、日に三度豪勢な食事が部屋にくること、化け物は中庭に近づくと現れること、部屋に戻ればもう追ってこない事。
あとは後ろの方に、稀人信仰。秘祭。黄泉落とし。など聞きなれない単語が殴り書きされていた。
部屋から出なければ安全。そういうことらしい。
そしてやはりあの中庭にはなにかあるらしい。
「これはどこで?」
「奥の部屋で、迷い込んだ者のためにってテーブルに置いてたの拾ってきたの。 多分書いた人は捕まっちゃった。これを最後に中庭に挑むって書いてたし」
最後に女性は肝試しなんかやるんじゃなかったと呟いた。
俺はその単語に聞き覚えがあった。
というか、おそらくこの事態の元凶だ。
あまり思い出したくもないが、その女性の正体に何となく気づいてしまった。
「もしかしてあなた、Aのおねぇさんですか?」
「え? うんそうだけど、Aの友達?」
「いや、違いますけど……」
俺は腹立ちまぎれにAの所業をぶちまける。
Aの姉はそれを聞いて、土下座して謝ってくれた。
どうやらこの姉はまともな人物のようだが、俺は油断しない。
裏切られたばかりなのだ。信用できるはずがなかった。
歩き疲れていた俺は隣の部屋で、休むことにした。
やはり同じ部屋に女性と一緒は気恥ずかしいのだ。
安全というのは本当のようで、襖から気配を感じ覗くと先ほどの化け物が素通りしていくのが見えた。
仮眠を取り、疲れを取ると俺はAの姉の部屋の襖をたたく。
ひぃ!という小さな悲鳴のあと、ハル君?という問いが帰ってくる。
俺はそれに返事をし、部屋に入るのだった。
部屋の中央で膝を突き合わせ俺は話を切り出す。
「やっぱりあの鳥居が怪しいと思うんですよね」
「私もそう思う。 行ってみるしかないよね?」
二人の見解は一致していた。
あとは、勇気の問題だった。
俺たちは二の句を次ぐのを躊躇ってしまったのだ。
はっきり言って、こんな夢からはおさらばしたい。
だが、鳥居の先が外に繋がる確証などないのだ。
追い詰められて、あの深い闇に捕まるだけかもしれない。
二人して俯き時間だけが過ぎ去っていった。
「ハル君、私絶対あのバカに君へ謝らせるから」
唐突にAの姉が喋りだす。
俺は最初意味が解らず、へ?っと情けない声を出した。
そして少し考えて、彼女が帰る決心をしたのが分かった。
俺を連れて帰るという意思表示だ。
なさけない話だ。俺は未だに立つことすらできないでいる。
彼女は俺に手を伸ばすと、立ち上がらせてくれた。
俺にも迷いは消えた。
やってやる。そうだ。帰ってAに文句の一つでも言わないと気が済まない。
そうして俺たちは襖を大きく開いて、駆け出した。
俺たちが動き出すと、すぐにあの笑い声が聞こえてきた。
どうやら後ろから追ってきている。
その声は少しずつ近づいているが、遠いようだ。
中庭まで来て、後ろを振り向いても化け物の姿は見えなかった。
これなら鳥居の先までは俺たちが先にたどり着くだろう。
息が苦しい。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
俺たちは帰る! 帰るんだ! ただ強くそう念じて鳥居をくぐった。
すると柱の陰からあの化け物が見えた。
おかめの面が鳥居を通る俺たちを確認すると、口が大きく開き更に大きな声で笑いだす。
その姿は口裂け女のようで、不気味さを増している。
やはりこの鳥居には何かある。その確信が強まった。
「はん! この化け物め! 俺たちの勝ちだ! この距離だ!」
俺は勝ちを確信すると前に向き直る。先を行くAの姉につづくと、先ほどまで見えなかった扉が外廊下の内側に見えた。
おそらくこの先だ。俺たちはその扉をぶつかりながら押し開ける勢いで激突した。
しかし、その扉は無情にも開くことがなかった。
俺たちは間抜けにも扉にぶつかり、尻もちをつく。
けたけたと嘲笑する笑い声が、茫然自失の心に響き渡った。
(間違っていた? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?)
絶望から、壊れたラジオのように同じ言葉が繰り返された。
涙でぐしゃぐしゃの視界の先にはあの黒い化け物が近づいてくる。
大きく開け放たれた口は、血の様に赤かった。
化け物は俺の前に止まる。黒い景色はだんだんと赤が大きくなっていった。
食われるんだな。ぼんやりと思った。
まただ。死を間際にするとすべてが他人事の様に感じられた。
そして最後に俺は、メッセージのことを思い出していた。
ほんとに先輩に従えれてればよかった。
「エリカ先輩……、ごめんなさい」
そうつぶやいた瞬間、世界に光が満ちた。
後ろの扉がぎぎぎと開く、音が聞こえたのだ。
光に怯え、あの化け物が逃げていく。
俺は空いた扉の先に先輩の姿が見えたことに安心し、扉の先に入っていく。
後ろを振り向くと、Aの姉はまだ腰を抜かしたままだった。
俺は少し逡巡する。
エリカ先輩の姿は消えていた。
ここに来る勇気をくれたのは彼女だ。見捨てるなんてできるわけがない。
そう思った瞬間に視界の端に駆け出す後ろ姿が見えた。
それはAだった。特徴的なツンツンヘアーが駆け出していた。
Aはすぐに姉を起き上がらせると、こちらに戻ってくる。
だが、扉は少しずつしまっていき、優しい光も小さくなっていった。
そして光が小さくなったことで、あの化け物もこちらにまた向かってくるのだった。
その速さは先ほどとは違い途轍もなく早い。
あと少し、もう少し、あと一歩、Aの姉はなんとか扉の中に入る。 しかしAは、化け物に追いつかれてしまう。
Aは転んで、扉の間になんとか腕だけを滑り込ませる。俺とAの姉は必死にその腕を引っ張るが、Aの片足はあの化け物にかみつかれている。
ずるずると俺たちは引っ張られる。
このままでは扉の先に出てしまう。
その時俺は先輩がよく使っていた呪文を思い出す。たしか……。
「ノウマクサンマンダ バザラダンカン!」
その呪文は素人の俺が言っても効果があったようだ。
急に化け物の口がAから離れる。
俺たちはAを扉の中に引っ張り込むと扉は勢いよく閉るのだった。
そして、俺たちは助かった余韻に浸ることもなく。
目を覚ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます