CASE4 SUNNY RAIN
俺の名は 藤堂 春人。
友人にはハルなんて呼ばれてる。どこにでもいる高校一年生だ。
気怠い午後の授業に午睡を決め込むとすぐに教師に起こされ、教室中に一時の笑いを提供するようなお調子者だと自覚している。
授業が終わり帰り支度をする。
面倒でも部活には所属している。
今日は珍しく部活は休みとのことだが、部室には顔を出す様にはエリカ先輩には言われていた。
部室――いつもの理科準備室に向かうと、窓が開いていた。
そして運悪く、降りだす通り雨。
慌ててそれを俺が閉めると、ちょうど先輩が迎えに来た。
「めんごめんご~! いや~通り雨とはついてないね! んじゃ、今日はあーしの家いこっか?」
「はいはい」
突飛な展開は今に始まったことではないがエリカ先輩は俺の反応を楽しんでいる節がある。
どうせ、特に他意はないのはわかっているのだから最近は動じなくなってきた。
「おいおい! ハル君最近つめたくなーい?」
「てか、なんで先輩はそんな俺を家に連れてこうとするんですか?」
先輩は……、一回目は化け物だったが、その後もちょくちょく家に誘うことがあった。
特に確認していなかったが、理由を初めて聞いてみた。
「あー言ってなかったっけ? あーしんち寺なの。父ちゃんは現役の住職、一応ちゃんとした修行した本物だよ?」
「あーつまり、お祓いしてくれるってことですか?」
「うーん厳密に言うと祈祷と怨霊退散かな。禊払いは神社の管轄だから」
やたらとオカルトに詳しいとは思っていたが、本職だとは思わなかった。
この化け物に何度も遭遇することにいい加減うんざりしていたので、一度話してみるのはいいかもしれない。
下駄箱から外に出ると、雲一つない快晴だった。
初夏の少し汗ばむような気候の中、俺は先輩の後をついていく。
その間も先輩は俺を置いてけぼりして、テンション高めのうざがらみ。
正直疲れる……。辟易しながら川沿いの土手を歩いていると、またにわかに雨が降ってきた。
「あっ! 狐の嫁入りだ!」
先輩は少し楽しそうにいう。
「すぐ乾くでしょうけど。 何が楽しいんすか?」
「そりゃ慶事だし! 当たり前じゃん! ウケる~! ほらこっちこっち」
そういうと先輩は土手を降りて、藪に入っていく。
「あっ。 ちょっと!」
俺は先輩の後を見失わない様に小走りでついていくが、なにか、おかしい。
(こんな深い藪あったか?)
俺はそんな疑問が浮かぶが先輩の頼もしい後ろ姿に安心感を覚える。
まぁ先輩がいれば酷いことにはならないだろうな、そう断じ生まれたてのアヒルの雛のようにただついていくのだった。
5分ほど藪を進んでいくと、開けた場所に出る。
いつの間にか雨もやんでいた。
開けた場所につくと先輩はスマホを取り出して屈む。
興奮冷めやらぬといった表情だ。
これには見覚えがある。
河童に出くわした時と同じ表情だ。
あんな化け物の写真を撮って何が楽しいのだろうか?
俺が何かしゃべろうとすると、しっ!と指に人差し指を立てる。
静かにしろということだろう。
俺は諦めて先輩の横で屈みこんだ。
すると、雅楽といえばいいのだろうか?
俺は詳しくないが、神社とかでよく聞こえる楽器の音が聞こえてくる。
その音とともに藪の奥から集団が姿を現した。
それは広場にゆったりとした足取りで近づいてくる。
その集団の全体象がつかめるようになって気づく。
それは人ではなかった。
狐。そうそれは狐だった。
二本足で歩く狐たちが、真ん中に白無垢を着た狐を囲み歩いている。
周りの狐たちも紋付袴を着て、大層神妙な面持ちで進んでいる。
俺はその異様な光景に言葉を失う。
神々しいとも、醜悪とも形容できる姿に自分の常識が壊されるのを理解した。
固まった俺の前に、狐たちが来ると不意に狐の一団は歩みを止める。
雅楽の音も太鼓のような音とともにぴたりと止まり、微動だにしない。
その一糸乱れぬ動きは、現実離れしており気持ちの悪い動きだった。
少しすると先頭歩く、狐が俺たちに声を掛けてきた。
「そこの人の子よ。 何をしにまいった? 我らは祝い事の席である。 無粋はやめよ」
その言葉は明らかな敵意が込められていた。
俺たちは呼ばれてもいない客だ。
相手からすれば、無作法にもほどがある。
どうこたえようかと、頭の中で言葉を選んでいると先輩が先に喋りだした。
俺はあの妙にテンションの高いギャル言葉で、無礼を働くことを恐れて、止めようとする。
だが、ここは任せてというように俺を静止するのだった。
「あ~どもども~! 本日はお日柄もよく? まっとりま、手土産もって嫁入りの祝福に来たみたいな? 良ければあとは写真も撮らせてほしい感じ?」
(うーわ。普段より意味わかんね)
俺は頭を抱え、逃げる準備をする。
いくら先輩がなんかすごいといっても、この数を相手できるとは思えなかった。
だが俺の目論見は杞憂に終わる。
「ふむ。そうか、人の子の言葉は移りが早くて敵わぬな。 慶事を共に祝ってくれるというのなら、持て成すこともやぶさかではない」
当面の危機は脱したようだ。
先頭の狐がポンポンと手をたたくとどこからともなく食事が運ばれてくる。
尾頭付きの鯛など大変豪勢な食事だった。
「ささお客人一献!」
「あぁいや、俺は未成年ですので……」
俺は宴席の中、一人食事に舌鼓を打っていた。
先輩は早々に、立ち上がりいろんなとこを写真に撮ったりと狐たちと話したりと忙しくしていた。
何匹? 何人?かの狐は俺にも話しかけてきて、最近の若い者にしては礼儀正しいなど年寄り臭いことをいって満足すると話の輪に帰っていった。
「お客人随分びっくりしておるようじゃな?」
「はは、それは……。それに俺……、手土産なんて先輩と違って持ってきてないですし、こんなおいしい食事いただいていいのかと」
「ははは! 気にするでない! 今日は祝いじゃ、しかも人の子と出会うという稀なこともあった。 これは花嫁にとって吉兆にちがいない!」
気さくな狐たちに歓待されていたが、実は少し困ったことがあった。
というのも、トイレに行きたいのだ。
もうそろそろ限界であった。
もじもじと足を動かす姿に、狐は気づいたようで厠を案内しようと言ってくれた。
本当に気さくな狐たちに俺はすっかりと気を許してしまった。
厠で用を足すと、狐は待ってくれていた。
「よぉくでましたか?」
「ははは。やめてくださいよ!」
「よぉくでましたか?」
俺は冗談だと思い、軽い気持ちで返すと狐の眼は真剣な眼差しで再度問うてきた。
俺はその剣幕に息をのみ一言、
「しっかりでました!」
と恥ずかしげもなく答えることとなる。
そして少しの間の後に空気は弛緩すると狐は、
「それは大変よぅございます」
といい口元を歪ませた。
その笑顔は大変不気味だった。
宴席に戻るとエリカ先輩の姿が消えている。
俺は四方に首を回し、彼女の姿を探す。
やはり見当たらない。俺は不安に駆られて近くの狐に、先輩の居所を聞いた。
すると、真後ろから先輩の声が聞こえてきた。
「ハル君どうしたの? あーしはここだよ~」
俺はその声に安心する。
彼女が俺をおいていったりはしないと謎の信頼感はあった。
その声の方へ振り向こうとすると、首元に毛深い腕が巻き付けられる。
その感触はふわふわとしていて気持ちがいい。
だが、次の瞬間俺の背筋は氷ついた。
「どしたん? あーしが話きこか?」
先輩の声が獣臭と共に耳元で聞こえたのだった。
バクバクと心臓が高鳴る。
まただ!まただまされた!化けものに騙されたのだ!
「なんで? いつから? どうして?」
疑問が俺の中で駆け巡る思いついたことをぽつぽつと口にだしてしまう。
「なんでってそりゃ、狐ってのは騙すのが性分だから、いつからって、そら最初からってのもんだ。 んでどうして?って、そりゃあ食うためさ!」
狐はもう取り繕う気もないらしい。
厠から出たときのよく出たかという質問は、食べごろを見極めるためだったのだろう。
「さぁさぁ、今日の宴の最後の馳走でございます! 人の子の肉はみなさん久方ぶりでしょう。存分にお楽しみください!」
あぁそうか、土産っていうのは俺のことか……。
妙に納得してしまった。
思考が追いつかない。
もうどうにもならないと諦めると何もかもがどうでもいいと感じられた。
あと数分もすれば、腸を貪り食われるのだろう。きれいになった腸を、野ざらしになった四肢を狐に貪り食われる自分の姿を夢想し俺は一筋の涙を流していた。
手足に激痛が走る。狐がかみついたのだろう。万力で四肢を引きちぎるように引っ張られる痛みがきた。
俺はその激痛に現実に引き戻され絶叫をあげる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「よいよい! やはり人の子の絶叫は甘露に勝るな。 反応がないとつまらん」
どうやら、狐は俺をいたぶるつもりのようだ。
先ほどの痛みは尋常ではなく、手足を見るのが怖い。だが、見ないわけにもいかなかった。感覚がないことに、恐怖してしまったのだ。
ゆっくりと腕をみる、だらしなく伸びきっている。いや、妙に伸びている上に、みたこともないねじれ方をしている。
他の四肢も同様だった。
俺はそれを自分の身体とは認識できなかった。否、認識したくなかった。
いくら、間抜けとは言えこんないたぶられるような死に方なんかしたくない。
狐たちが俺に群がってくる。
動けないことを自覚させ、次は生きたまま食らおうという事なのだろう。
がぶり、と筋肉を切断しながら一匹が俺のわき腹にかみついた。
そいつは一番おいしいとこを探すように牙を奥に奥に進めていく。
そして、肝臓に牙があたると勢いよく引き抜いた。
とてもおいしそうに恍惚の表情を狐が浮かべる。俺はその表情を見ながら絶命した。
――からから、と数珠が転がる音で俺は目を覚ました。
制服は汗でぐっしょりと湿っている。
右手でわき腹を撫でるとなんともなっていないことに安堵した。
「はぁはぁ、ゆめか……」
辺りを見回すと、ここは部室だった。どうやらソファーで寝ていたらしい。
床には先輩から貰った数珠が散乱している。寝ている間に壊れたらしい。
少しすると先輩がやってきた。授業がやっと終わったようだ。
焦った様子の俺に、何があったのか聞いてくれる。
俺は夢の内容を話すと、
「あーそりゃ予知夢かもね」
「予知夢?」
「そ、予知夢! たまーに霊感強い人がそういうのみちゃうんだよ。 現実にならないように気を付けなー?」
「気を付けろって言われても先輩の姿されたらどうしよもないじゃないですか! 大体今話してる先輩も本物かも……」
「ははは、とりま、新しい数珠渡しとくから家にきなぁ? 父ちゃんに話といたから」
そういうと、先輩は先に帰っていった。
本当に実家が寺なのだそうだ。化け物は虚実を交えながら巧妙にだましてくる。気を付けないと……。
気分が落ち込んできた。俺は気を紛らわすように外の景色をみる。
部室から空をみると、また天気雨が降っていた。
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