CASE2 WELCOME TO OCCULT CLUB

俺の名は 藤堂 春人。


友人にはハルなんて呼ばれてる。どこにでもいる高校一年生だ。


気怠い午後の授業に午睡を決め込むとすぐに教師に起こされ、教室中に一時の笑いを提供するようなお調子者だと自覚している。

だが今日は本当に寝不足だ。3回目に起こされた後は、気づけば帰りのHRの時間だった。


授業が終わり帰り支度をする。


面倒で部活には入っていない。帰って何かするでもない。勉学に力を入れる殊勝な心掛けも特にないのだ。


特に遊び歩く友人もいない。いつも一人の登下校だ。 昨日と同じ、そういきなり非日常にあったとしても何も変わる事はないのだ。


(はぁ、学校ってなんで行くんだろ?)


そんな毎日に嫌気がさしていた。


思春期特有のメランコリーとでも言おうか、とにかく俺は退屈で鬱屈な日々を変わらず過ごしていた。


帰り道の河川敷で意味もなく土手に座る。土手に生えた雑草を無意味に引きちぎりながら無為な時間を今日も浪費していた。

どうせ家に帰っても専業主婦の母親が勉強しろとうるさいだけだ。

薄暗い黄昏時まで今日もぼんやりと川の流れを見ていた。


「うわ……ウケる! またいた! 河童怖いんじゃなかったん?」


聞いたことがあるやたらとテンションが高い声が聞こえる。

そこに首を向けるとやはり、昨日の金髪ギャルが近づいてくる。

昨日は全体的に露出の多い服装をしていたが、今日は制服だ。というか、我が影山高校の制服だった。ブレザーについたリボンは二年生のものだ。

どうやら先輩らしい。


「先輩だったんですね」


「そうだし! 先輩には敬意を払え~後輩」


俺のそっけない対応にも先輩は気を悪くすることはなく自分のペースを崩さない。

マイペースをここまで地でいく人は初めて遭遇した。

とりあえずはいい機会なので俺は昨日のことを少し聞いてみようと思った。


「それで先輩はまた河童見に来たんですか?」


「いんやちがうよん? 今日は君を探しに来たの」


屈託のない笑顔を俺に向け先輩は言った。

正直やめてほしい。メイクは濃い目だが、美人にそんな風に笑顔を向けられると心臓に悪い。

俺は目線をそらし、探していた理由を聞くことにする。


「あの……、なんで俺を?」


「いやね。 家に誘おうと思って、ってかもう暗くなるしさっさといくよ!」


「は?」


そういうと彼女は俺の手を取って歩き出す。

その後ろ姿にどきどきしながら、勢いにつられ俺も歩き出した。

川岸の土手を二人で歩く、彼女の顔は暗くて見えない。


何度も声を掛けようとしたが、こういったことに慣れておらずあ……とかう……とか言葉に詰まってしまった。

だが急に土手の橋の近くにある石段を下り始めたときに、違和感を感じた。

何故どこかに行くのに川に近づくのだろう?

そしてなぜ彼女の手はこんなに冷たいのだろう?

冷え性だとしてもまるで死体のような……。


そう意識した途端、急に記憶が蘇った。あれはばあちゃんが死んだ日の事、俺は死んだばあちゃんの手を握りわんわんと泣いていた。

その手はちょうどこの握られた手の様にひんやりとしていたことを。

そして漂っていた線香の香りも鮮明に思い出していた。


「あんただれだよ?」


黄昏。誰そ彼。人の顔すらおぼろげな時間、それは逢魔が時。

魔に逢う時間。


その声に翻った顔は醜く爛れた化け物の顔だった。


「さぁおいで、おいで。こっちにおいで」


肉がそぎ落とされた口から腐敗臭と共に呪うような声が聞こえる。

俺は手を掴んだ腕を引きはがそうとするが、ずるりと肉が削げ落ちていくのみで骨にしっかりと握られている。

その力は腰を落として踏ん張った俺の身体を物ともせず川へ、川へと引きずっていく。

化け物が力を入れる度、腐敗した肉のにおいを撒き散らかしながら進んでいく。

あと一歩、もう一歩で川に引きずりこまれる!

そう思った時だった。


「ノウマクサンマンダ バザラダンカン! ノウマクサンマンダ バザラダンカン! ノウマクサンマンダ バザラダン! カぁン!」


TVなどで聞いた呪文のようなものが聞こえたのだ。

その力強い言葉が終わると、手がふっと軽くなる。


「君大丈夫? マージやばいのに絡まれててウケる~!」


その感触に安堵していると、またしてもやたらテンションの高いギャルの声が聞こえた。

俺はその気の抜けた声に安堵し、泣き出してしまった。

ギャルは先ほどと同じように制服だったことに俺は少しぎょっとしたが、泣いた俺の背中をさする手は暖かく安心した。


俺は泣き止むとギャル、というか先輩にお礼を言った。


「先輩あの……助けてくれてありがとうございます!」


「おーおー後輩! 素直にお礼をいえてえらいぞ~! さもっと感謝したまえ!はっはっはっ!」


そのマイペースな姿は先ほどの悪霊と同じで少しどきりとした。

俺は何があったか先輩に説明することにした。

その話を聞くと先輩は


「はぁ……、逢魔が時に知らないやつについてっちゃだめだし! まったくたまたまあーしが通りかかったからよかったものの、あのままじゃまーじで死んでたからね?」


口調は軽いが、出会ってから初めてのまじめな顔に深く反省する。


「すいません。 いや先輩だと思ってついていっちゃったんです」


「ほほう。 何かい? つまり後輩君は私に家に連れて行ってもらいたいことかい? ふふふ、持てる女はつらいね~」


「からかうのはやめてくださいよ!」


俺は顔を真っ赤にして反論した。

どうにもこの先輩は人をからかうのが好きらしい。


「うん。まぁ家に連れてく話は遅いからとりままた今度ってことで! それより君、オカルト部に入部決定ね!」


「え? なんで?」


話の流れの意味が解らない。

何故そうなるのだろう。


「いやさ、君多分取りつかれやすくなってる。 自衛の方法覚えたほうがいいよ。 あーしが教えてあげるし! どうせこんなとこで暇つぶしてるなら帰宅部っしょ? 問題ないっしょ? あーしの名前は鳳凰院 エリカってゆーんだ。 エリカ先輩でいいよ! 君は?」

 

「え……いや……藤堂 春人って言います。 ハルでいいです」


「よーしハル君。我がオカルト部は君を歓迎する! 日々励みたまえ!」


そういうと、高らかに笑いながら彼女は夜の街に消えていった。


(変な人だ……)


俺は右手をじっと見つめる。

右手にはまだ先ほどの冷たい感触が残っていた。

恐怖で胃がせりあがってくるのを感じたが、背中に残った彼女のあたたかな温もりが勇気を与えてくれた。

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