第11話

「・・・そっか。」


お米を研ぎながら要はうーん、と唸る。


「俺も今日横山から話聞いた。」

「ほんと!?横山くんはなんて言ってたの?」


私たちが由香ちゃんに話を聞いていたお昼休み、要も横山くんから由香ちゃんとの事についての話を聞いたらしい。恐る恐る聞けば、要はゆっくりと首を振って。


「奈月が佐川から聞いたのと大体同じだったよ。」

「そっか・・・。その、一緒にいた女の人については?」

「俺らにも言えないって。」


ふー、と要は少し困ったようにため息をつく。横山くんは要たちにもその女の人の事には詳しく言えないと伝えたらしい。


「まあ俺は横山がそういうのじゃないっていうなら信じるけどな。」

「・・・うん、私も。」


横山くんは本当にいい人だ、と思う。私はそう思っている。嘘をつくのも上手じゃなくて、サプライズが下手なのだと由香ちゃんから話を聞いたことがある。それに由香ちゃんの事を大切にしているのは見ていても分かる。そんな横山くんだからこそ、言えない、というのが気にかかるのだ。

・・・由香ちゃんはもちろん横山くんの事も心配だ。自分に何かできる事はあるだろうか、と考えてみるけど中々思いつかなくて。


『身長が高くて、茶髪の長髪で、由香とは真逆のタイプの人』


横山くんと一緒に歩いていたのは、そんな女性らしい。その友達に言われたという言葉を繰り返す由香ちゃんの声が震えていたのを思い出して。また、胸が苦しくなる。


「ただいまー。」

「わ!!びっくりした!」


突然耳元から聞こえてきた声に驚いて大声を出してしまう。振り向けばそこに立っていたのは鈴香さんで、彼女も私の大声に驚いて飛び跳ねる。


「ちょ、びっくりしたのはこっちよ!」

「ごめんなさい・・・。おかえりなさい、今日は早いんですね。」

「会議が一つ無くなったのよ!最高!」


はあ、と一つため息をついてスーツ姿のまま椅子に腰かける。


「要くんは?」

「・・・あれ?さっきまでいたのに。」


鈴香さんに言われて横を見れば、さっきまでお米を研いでいたはずの要がいなくなっていた。・・・全然気づかなかった、トイレかな。鈴香さんは座ったまま一度大きな伸びをした後、立ち上がって私の手元を覗く。そしてよーし、と顔を上げた。


「久々に早く帰って来れたし!私も何か手伝うわね。」

「いいですよ!お仕事で疲れてるのに。」

「大丈夫よ。着替えだけしてきちゃおっと。」


そう言って鈴香さんはドアに手をかけてから、あ、と何かを思い出したのか振り向く。


「要くんって甘いの苦手だったっけ?」

「いや、そんなことないと思いますよ。」


なんでですか、と尋ねれば鈴香さんは笑って。


「パティシエの友達がいるんだけど、近々誕生日の子がいるって話をしたらホールケーキ作ってくれるっていうのよ。」

「へえ。なんでケーキ・・・・・あ。」

「その顔は忘れてたわね。」

「・・・えへ。」


私の返答に鈴香さんは呆れ顔。そうだ、そういえば要の誕生日が近づいていたのだ。完全に忘れていた。危ない危ない。


すぐ着替えてきちゃうわね、と鈴香さんは台所を後にした。1人になった台所で、結局頭の中に浮かんでくるのは由香ちゃんたちの事。


「・・・私に何が出来るんだろう。」


ポツンとこぼれた独り言に、当然返事は返ってこなかった。




「ねえ見て!この服可愛い!」


ピンクのセーターを手に取った由香ちゃんは、鏡の前で自分に合わせ、どう?と楽しそうにはしゃぐ。


「ほんとだ~!由香ちゃんに似合いそう!」

「ほんとー?買っちゃおうかな~」


そして私の言葉に照れたように笑う。


「由香サイズあるの?」

「なっ!あるでしょ!そんなにちっちゃくないもん!」

「ここ児童服売り場じゃないけど大丈夫そう?」


にやにやしながら由香ちゃんをからかう千里。そんな千里の言葉にさっきの笑顔から一転、ふくれっ面になって。2人のやり取りに思わず笑ってしまって私も睨まれた、でもその顔も可愛い。


横山くんと由香ちゃんの問題は解決しないまま、既に数日が経過した。結局2人はまだちゃんと話すことが出来ていないみたいで、連絡もとっていないようだ。徐々に元気を取り戻してきている由香ちゃんだが、時々、笑顔がぎこちない時があって。


「由香、お昼何食べたい?」

「うーん。・・・麺!麺系がいい!」

「あ!じゃあ新しくできたパスタ屋さんいかない?駅前の!」

「いいね、決まり!」


そんな由香ちゃんを元気づけたくて、今日は3人でショッピングに来ている。少しでも由香ちゃんの気分転換になればいいな、なんて思ったのだ。




「あちゃー。」


隣で千里がため息をつく。駅前のパスタ屋さんはオープンしたてだという事もあり、予想以上の列が出来ていた。


「並ぶ?」

「うーん、どうするか。」


迷いに迷った私たちは結局並ぶのを諦め、近くのパン屋さんに寄ってから公園でピクニックをすることにした。芝生に腰かけ、3人で青空を眺める。


「夏も終わっちゃったんだねえ。」

「そうだね。」


秋晴れの心地よい空の下、3人でまったりと話しながらお昼を食べる。今日は気温も低くなくて、通り過ぎる風が心地良い。


「・・・ありがとう。」


会話の途中。ふいに由香ちゃんにそう言われて、私も千里も由香ちゃんの顔を見つめる。


「2人がいなかったら、ずっと部屋の中で泣いてたかも。」


そういって由香ちゃんは悪戯っ子のように舌を出して笑う。


「千里ちゃんと奈月ちゃんのおかげで、私は笑ってられるよ。」


その言葉に胸がいっぱいになって、思わず由香ちゃんに抱き着いてしまった私。由香ちゃんは驚いた顔をして、そして、いつものように笑う。


「わ!奈月ちゃん珍しく大胆だね~。私の事そんな好き!?ねえねえ!」

「うるさい!ばか!大好き!」

「ツンデレ発動しすぎだよもう」

「ねえ私の事忘れてイチャイチャしすぎ。」

「何千里ちゃん嫉妬!?あー、モテ女は辛いですな~」

「調子乗んな。」


千里のデコピンを食らっていたたっ、と由香ちゃんは額をおさえる。そこから始まる2人の小競り合いにまた吹き出してしまった。お昼を食べた後も服を見たりゲームセンターに行ったり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

外に出れば辺りはすでに暗くなり始めていて。


「そろそろ帰ろっか。」

「だね。あー、楽しかった!」


少しでも明るいうちに帰ろう、と3人で歩き始めた、のだが。


「・・・ん?」


視線を上げた時、ふいに視界に移りこんだ男の人。目を離すことが出来ず見つめてしまう。


「奈月?どうした?」


不思議そうに私を見る千里と由香ちゃん。考えるよりも先に、口から嘘がこぼれる。


「・・・ごめん、私さっきのお店に忘れ物しちゃったかも。先に帰ってて!」

「それなら私たちも一緒に行くよ?」

「ううん、大丈夫!今日は楽しかったありがとう!」

「ちょ!奈月!?」


突然走り出した私の背後から、戸惑ったような2人の声が聞こえる。ごめん、2人とも。そのまま見かけた背中を追いかけて走り続ける。


「・・・いた!」


先ほど見かけた男の人が歩いて行った道を辿っていけば、前方に彼の姿をとらえることが出来た。見たことあるリュック。ちらりと見えた横顔は、やはり知っている顔。


間違いない、あれは横山くんだ。


別に女の人と一緒に歩いていたわけでもない、ただ1人で買い物に来ただけかもしれない。むしろその可能性の方が高いだろう。けれど、なぜか今彼の後を追えば。知りたい事が知れる気がしたのだ。

「・・・どこいくんだろう。」


夕方の駅前は仕事や学校帰りの人で溢れていて、歩くのも一苦労だった。さらに辺りの暗さは増していて、気を抜けば見失ってしまうそうだ。しばらく歩き続けた後、彼は細い路地裏へと入っていく。予想外の進路変更に慌てて彼の後を追いかける。路地を曲がれば、そこは今までと打って変わって静かだった。居酒屋のようなお店もある。人もちらほら歩いている。・・・しかし、なんというか。


「・・・怖。」


思わず声に出してしまう。居酒屋と同じくらい多いなんだか怪しいお店。歩いている人のカラフルな髪色。・・・目を合わせないようにしよう、うん。


横山くんは回りに目を向ける事もなく真っすぐに路地を進んでいく。この先に何があるんだろう。まさか、なにか危ない事に関わってるとか?いや、横山くんに限って・・・。なんて私がそんな事を考えている間も横山くんは立ち止まらない。怖い、けどここまで来て引き返せない。


路地の突き当りを曲がったのを確認して、私も後をついていく。・・・しかし。


「・・・あれ。」


すぐに曲がったはずなのに、そこの道に横山くんの姿はなかった。辺りを見回してみるけれどそれらしき人は見当たらない。焦ってとりあえず来た道を戻ってみようと一歩後ろに下がった私。・・・そこに人がいる事に気づいていなくて。


「痛ってーな!」

「わ!すいません!」


誰かにぶつかってしまい、咄嗟に謝る。

・・・待って、嫌な予感しかしない。


「よそ見してんじゃねえよ!」


ゆっくりと顔を上げれば、そこにはガラの悪い男の人が立っていた。3人。嫌な予感、見事的中。


「なに、高校生?若けー!」

「こんな時間になにしてんの?」


それはこっちのセリフだ、と言いたくなるのをこらえて曖昧に笑っておく。


「もしかして迷子?案内してあげようか?」

「大丈夫、俺ら怪しい人たちじゃないからさー。」


さきほどまでぶつかられて不機嫌だった男性も、仲間の言葉にゲラゲラと笑っていて。


「大丈夫です迷子じゃないです、ぶつかってすいません失礼します!」


とにかくこの場から逃げようと早口でそういって来た道を引き返そうとする、が。


「ちょっと待ってよ。」


ガシッと1人に腕を掴まれる。その力が予想以上に強くて、振りほどくことが出来ない。


「すみません急いでいるので!」


そう言って逃げようとするけど彼らはゲラゲラと笑っているままで。・・・どうしよう、怖い。

あーもう、横山くんは見失うし変な人捕まるし。どうすることもできなくて、涙がこぼれそうになった。


「あのー。すいません。」


私の涙が落ちる前に、後ろから誰かの声が聞こえた。そう思った瞬間に男の手が離れて、その誰かの腕の中に抱え込まれる。


「うえ!?」


突然の事に変な声が出て、驚きで出かけていた涙が引っ込む。


「なに、お兄さん知り合い?」

「そう。悪いけどこいつ連れてくな。」

「はあ?そいつがぶつかってきたんだぜ?」

「そりゃ悪かった。」


全く悪いと思ってない声色で男たちと会話を続ける彼の顔はこの位置からは確認できないが、その声は何回も聞いたことがあって今度は安堵で涙が出そうになった。しかし相手はガラの悪そうな3人組。ここから逃げる事は出来るのだろうか、と不安になったのだけれど。


最初はぎゃーぎゃー騒いでいた3人は数分後にはすっかり大人しくなっていた。そしていそいそとどこかへ小走りで向かっていった。


「ありが・・・いてっ!」


お礼を言おうと彼に向き合えば、とんできたのはデコピンだった。


「お前は馬鹿か!」

「うっ・・・。」

「どう考えたって夜に女子高生が1人で歩いていい所じゃないだろ!」

「・・・はい。」

「俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ!危ない事くらい分かれ!」

「・・・ごめんなさい、拓海さん。」


こんなに怒ってる拓海さんは初めてかもしれない、というくらいに彼は怒っていた。その後も私の言い訳のチャンスは与えられないまま数十分お説教は続く。


「・・・ごめんなさい。」


怒られてどんどん小さくなっていく私を見て、ため息をつきながらも拓海さんは私の頭をポンポン、と叩く。


「・・・まあ、無事でよかったけどよ。」


その言葉にまた涙がこぼれそうになる。仕事終わりで葛木荘へと向かっていた拓海さんは、駅前を1人で歩く私を見かけたらしい。私が歩いていく方向が葛木荘方面ではなく、しかも治安の悪い方へどんどん向かっていくものだから、慌てて拓海さんは私を追いかけてくれたのだそう。・・・よく見ればスーツ姿の拓海さんの髪型は少し乱れていて。


「それにしても、こんなとこに何の用事があったんだよ。」


その拓海さんの質問に、由香ちゃんと横山くんの喧嘩から全てを説明する。私の話を聞き終えた拓海さんは、呆れたようにため息をついた。


「馬鹿。単細胞。考えなさすぎ。」

「・・・返す言葉もございません。」

「けど、いなくなったっていうのは気になるな。」


腕組みをして考えながら、拓海さんは辺りを見回す。そうなのだ。急に見失ってしまった横山くんだが、この辺りに他の道なんてどこにも・・・。


「・・・あ。」

「どうかしました?」

「ほれ、あそこ。」


拓海さんが指さした方向を見れば、そこにあったのはお店とお店に挟まれた小さな階段だった。全然気づかなかった。入り口を覗いてみれば、どうやらその地下へと続いているようだ。


「ジャズ・・・?」


階段の横に立てかけてあった看板には、楽器の絵と、【jazz-bar】の文字があった。


横山くんはここに入っていったのだろうか。でも、ジャズ?いつものほほんとしている横山くんとジャズは結び付かないような感じがして。


「あ!もう夜の部始まっちゃいますよ!」


その時、誰かが階段を駆け上がってくる音と共にそこに現れたのは茶髪をポニーテールにまとめた綺麗な女の人だった。高いヒールを見事に履きこなしているが、元々の身長も私なんかより全然高そうだ。


「へ?夜の部?」

「あれ?演奏を聞きに来たんじゃないんですか?」


話が理解できずに固まってしまう私たちに、その女の人はにっこりと笑う。


「もしかして初めてですか?よかったら聞いていってください!」


さ、どうぞどうぞ。と私たちを階段の方へと手招きする。戸惑って拓海さんの方を見れば、ま、入ってみようぜ、と階段へと足を進めた。私も拓海さんの後に続いて階段を下る。なんとなく怖くてスーツの袖の部分を掴んでいたら、拓海さんに鼻で笑われた、むかつく。ランプで照らされたお洒落な階段を下りながら、さっきの拓海さんを思い出す。・・・3人を追い払ったときの拓海さんは、とんでもなく怖かった。どす黒いオーラが体中からあふれていて。それに加えて頭がいいため口も回る。さすが教師。


「・・・拓海さんて、喧嘩とか慣れてるんですか?」

「まあ、な。察しろ。」

「ヤンチャしてたんですね。」

「昔な、昔。」


そういって彼はケラケラと笑う。よし、もし学校でいじめにでもあったら拓海さんを呼ぼう。密かにそう決めた私だった。階段を下り終われば、そこには重たそうなドアが一つ。ポニーテールの女性がそのドアを開ければ、すぐに聞こえてきたのはサックスの音。


「あ、丁度始まった所ですね。」


そういって彼女は微笑んで、私と拓海さんを1つのテーブルに案内する。テーブル席とカウンターの席があって、壁際にはおしゃれなお酒のボトルや紅茶の瓶、雑貨が並んでいる。


お店の奥の方に小さなステージが設置されていて、入った瞬間に聞こえたサックスの音色はそこから聞こえてきていた。

今まで楽器を弾いた経験なんて全然ない。もちろんジャズの事も全く分からない。しかしそんな私が聞いても、とても素敵だと感じる演奏だった。

心地よい音楽に耳を傾けながら視線をさまよわせれば、ステージでは4人ほどの男女が演奏を行っていた。サックスを吹いているのは40代くらいの男性、ギターを弾いているのは背の高い眼鏡の男性で、ドラムを叩くのは髪の短い女性、ピアノを弾くのは私と同い年くらいの男の子。・・・って。


「横山くん!?」


思わず大声を出してしまって拓海さんからデコピンを食らう。・・・痛い。私のおでこがへこんだら拓海さんのせいだからね。なんて心の中で文句を言いながらもう一度ステージを見る。

間違いない、あれはやっぱり横山くんだ。頭の中でたくさんの疑問が浮かんできたが、気付けばそれも忘れて演奏に集中してしまっていた。

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