第10話

「え?横山くんが?」

「うん。」


夏の暑さも落ち着いてきたある日の帰り道。要の口から出たのは由香ちゃんの彼氏、横山くんの話だった。


「そんなに元気ないの?」

「元気ないっていうか・・・。よくボーッとしてんだよね。佐川さがわはなんか言ってなかった?」

「うーん、最近あんまり会わないんだよね。」


佐川というのは由香ちゃんの苗字。由香ちゃんとはクラスが違うため、学校あまりゆっくり話す時間はなくて。


「喧嘩でもしたのかな?」


私の言葉に要はうーん、と首をかしげる。要の話によると、横山くんが最近少しおかしいらしい。話していてもどこかボーッとしていたり、もともと騒ぐタイプではないのだがそれでもいつもより更に口数が少なかったり。そんな中で特に様子がおかしくなるのが由香ちゃん関連の話の時のようだ。

特に驚いたのは今日のお昼。男子数人でお昼を食べていた時、たまたま廊下を通りかかった由香ちゃん。


「あ、由香ちゃん。」


それを見て神谷くんがなんの気なしに呼んだ名前。その瞬間横山くんが明らかに動揺し、飲んでいたインスタントのスープを吹き出したらしい。


「・・・ぷっ・・・」

「おい。」

「っ・・・災難だったね・・・っ・・・」

「お前ぶん殴るぞ。」


要が私の頭を小突く。しかし私の笑いは止まらない。いや、こんなの笑うなという方が無理である。その時横山くんの正面に座っていたのは、要。つまりその吹き出したスープは見事に要の顔面にヒットしたようで。


「・・・っ!ごめん無理!」


我慢できなくて大声で笑ってしまう。ジトッと私の事を睨む要の視線を感じるが、駄目だ。こんなの笑ってしまうに決まってる。


「はー。てことは由香ちゃんと何かあったのかな。」


ひときしり笑い終えた後、涙をぬぐいながら要を見上げればもう一回小突かれた、痛い。


「そうなんじゃないかって俺と神谷は思ってる。」

「明日由香ちゃんに聞いてみるよ。」


私の言葉に要は頼む、と頷く。2人の間で何かあったのなら、横山くんはもちろん、由香ちゃんの事も心配だ。大事じゃなければいいんだけどなあ、そんなことを思いながら葛木荘への帰り道を急いだ。


・・・ちなみに夕食中も要の顔を見るたびに笑ってしまい、鈴香さん達に心配されてしまった。初めは怒っていた要も徐々に呆れ顔になり。

ごめんって、でも笑いが止まらないの、許して。




次の日のお昼休み。昨日の要の話を千里にも話し、由香ちゃんと3人でお昼を食べる約束を取り付けた。喧嘩は無さそうだよねえ、と笑う千里に私も頷く。いつもニコニコしていて穏やかな横山くん。由香ちゃんも拗ねる事はあっても本気で怒る事はほとんどない。そのため2人が喧嘩、というのはあまり想像できなくて。大したことじゃ無ければいいけど、と話しながら中庭へと集合した。・・・のだが。


「ちょ!どうしたどうした!」


少し遅れて現れた由香ちゃんは私と千里の顔を見た瞬間、突然大粒の涙を流し始めたのだ。


「ほら!とりあえずこっちおいで!」

「あーよしよし。いったん落ち着こう。」


2人であたふたしつつもとりあえず由香ちゃんをベンチに座らせ、彼女を挟む形で私たちも腰掛ける。


「・・・もう私の事好きじゃないのかもしれない。」


しばらく泣き続けた後、真っ赤な目をして由香ちゃんはそう話した。突然の言葉に私も千里も驚いて、一瞬言葉が詰まる。


「っいや、それはないよ!横山くん由香にべた惚れじゃん!」


由香ちゃんの背中をさすりながらそう言う千里に私も大きく頷く。横山くんが由香ちゃんの事をとても大切に思っているのは見ているだけでも伝わってくる。しかし由香ちゃんはゆっくりと首を振って、震える声で話し始めた。彼女によると、事の発端は少し前に久しぶりに中学校時代の友人と出かけた時の事。

2人でご飯を食べている最中に突然まじめな顔になった由香ちゃんの友達は、言った方がいいのか迷ったんだけど、と前置きしつつ話し始めた。


「女の人と2人で?横山くんが?」

「うん・・・。」


驚いて思わず大声を出してしまう。

その友人によれば、平日の放課後に駅前を横山くんと少し年上の綺麗な女性が2人で並んで歩いていたというのだ。しかしそれだけだ。別に手をつないでいたわけでも、寄り添って歩いていたわけでもない。だからその時は由香ちゃんは何も気にしていなかったようで。


「帰ったら聞いてみるねって。心配してくれてありがとうって。その事はそう言って別れたの。」


その日の夜、毎日電話するのが日課だという(可愛すぎ)2人は、いつも通り電話で日々の話をし、そういえば、と軽い気持ちで友人が話していた事を横山くんに聞いてみたという。


その時由香ちゃんは特に気にしていなかったのだ。横山くんなら聞いたら答えてくれるはずだ。お姉ちゃんはいないはずだから、いとことか?いやたまたま会った中学校時代の友人かもしれない。でも、きっとその程度の事だ。そう思っていたのに。


「答えてくれなかった、と。」


千里の言葉に由香ちゃんは頷いて、またポロリと涙をこぼした。由香ちゃんの質問に横山くんは一瞬黙って。


「『ごめん、詳しくは言えない。でも本当にそういうのではないから。』って。」


横山くんが言ったという言葉を、由香ちゃんが繰り返す。


「・・・横山くんの事は信じてるけど、じゃあなんで言えないの?って思っちゃって。」


ムキになって問い詰めてしまったらしい由香ちゃん。横山くんはごめん、でも言えない、そう繰り返すばかりで。もういい、と電話を切ってしまい、そこから全く会話をしていないらしい。


「そうだったんだ・・・。」


震える声で話し終えた由香ちゃんの背中をさする。


「辛かったね。」


千里もそういって頭をなでる。・・・由香ちゃんの変化に気づけなかった自分に嫌気がさす。千里も同じなのだろう、苦い顔をしていて。


「ごめんね、気づけなくて。」


その言葉に由香ちゃんはぶんぶん、と大きく首を振る。何も上手な言葉が出てこなくて、それでも傍にいようと由香ちゃんの背中をさすり続ける。


「・・・あ。」


その時、聞こえてきたのはお昼休みの終わりを告げるチャイムの音。


「大丈夫?教室戻れる?」


赤くなった目をこする由香ちゃんにそう尋ねれば、彼女は一度下を向いた後、バッと顔を上げて。


「・・・うん。大丈夫!」


そして勢いよくベンチから立ち上がって、はー!と大きく伸びをした。


「ありがとう。2人に話したら元気でたよ。」


そう言っていつものようにえへへ、と笑う。由香ちゃんが無理して笑っているのが分かって。胸が締め付けられたように痛む。


「無理しないでいいんだからね。」


千里の言葉にうん!と大きく頷く由香ちゃん。そして、少し目を伏せる。


「・・・ちゃんと話さなきゃ、っていうのは分かってるんだけどさ、中々勇気が出なくて。」

「由香・・・。」


ポンポン、と千里が由香ちゃんの頭をなでる。その後、授業に遅れないようにと教室に戻ったが、私の頭の中は由香ちゃんと横山くんの事でいっぱいだった。

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