禁止されていないこと

 佐伯さんはまだインターネットの法整備が整っていない頃、海賊版の製品を集めていたそうだ。その頃はまだダウンロードは合法だったので好き放題出来たそうだが、とあることがあってから法整備より前にスッパリそういった界隈と離れたそうだ。そのきっかけについてうかがった。


「自慢出来ることではないんですがね、当時は何でもかんでもネット上に転がっていましたね、今じゃ即座に通報されるようなものが平気で流れていた時代でした」


 そう語る佐伯さんの目にはなんだか怯えのようなものが見て取れた。


 当時、彼は音楽のダウンロードをしていたそうだ。ダウンロードするだけなら違法じゃないと言うほうの未整備を錦の御旗にアングラな界隈に潜っては見つけたものを片っ端から蒐集していたそうだ。


 しかし、悪いことは出来ないものですねえ……自業自得と言われれば反論も出来ないんですが……


 そう重苦しく言って、彼の苦々しい思い出を語ってもらった。


 当時集めていたのは音楽でしたね、まだまだ定額聴き放題のサブスクどころかデジタルデータの購入さえ出来ない時代ですね、CDがシングルで千円した時代でした。


 そしてまだ若かった私は好きでもないのに音楽を集めていたんですよ、褒められた事じゃないですがね、当時は誰も語りませんが裏でそういうデータのやりとりがあったんですよ。今じゃ考えられないですよね。


 当然有名なアーティストの曲ならちょっと探せば見つかりましたね、無名な曲の方はかなり探すことになりました。当時の私はマイナーな曲を集めて満足していたんですね。そこで探し続けたところ一つの音楽データを配布しているサイトを見つけました。当時でもアップロードは違法だったのですが警察も本腰を入れていませんでしたから、モラルのない連中は平気で広告を付けてダウンロードさせてましたよ。利用していた私が言う事じゃないですが酷いものでした。


 それで、そこにあったのは後年になって売れる某アーティストの曲でした。よく知らないけれど曲が置いてあるからと私はよく考えずクリックして保存したんです。それが間違いでした、いや、それを言うならダウンロード自体が間違いなんですがね……


 その晩、ダウンロードが終わった曲を全部聴くのが習慣になっていました。それで一曲ずつPCで再生していたんですが、曲の表示を見ると一つメタデータ……その曲の情報ですね……それが破損したのか文字化けを起こしたファイルがありました。なんだよ、ゴミを掴まされたのか? と思いながらその曲を再生したんです。そうしたらスピーカーから地の底から響くような『ぎゃぁ……ぎゃぁ』という赤ちゃんの泣く声のようなものが聞こえてきたんです。なんだよ、こんなもの後悔しやがってと思ってその曲をプレイリストから削除しました。


 腹立ちを抑えるためにお気に入りの曲を聴くことにしました。そうしたらそのファイルからも『おぎゃあ……がー……』と地獄から響くような声が聞こえてきたんです。お察しの通りそのPC上の全音楽データがその声に置き換わっていましたよ。


 悪いことは出来ないもので、腹が立ったので電源を落として寝たんですが、深夜にそのPCから泣き声がなり始めたんです。当時は賃貸に住んでいたので翌日クレームを入れられましたよ。結局、PCは捨てました。新しいのを買ってやっと解決したのですがね、捨てたPCに大学の論文が入っていたので留年する羽目になりましたよ、本当に悪いことは出来ないものですね……それ以来正規品以外には手を出したことがないですね。


 そうして一年遅れて大学を卒業した佐伯さんは志望していた音楽業界とはまったく関係のないところに就職をしたそうだ。それは後ろめたいことをしていたからと言う理由もあるが、突然PCの音楽データがあの不気味な声に変わってしまうのではないかという恐怖心からだったそうだ。

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