故郷の家

「不動産はね、負債なんですよ」


 どこかの本で読んだような言葉から佐倉さんは話し始めた。彼がそれなりの大学を出て就職をし、結婚し、子供も出来てから両親が郷里に帰ってこいと言うので仕方なく妻を連れて帰ってきた。そしてそのまま故郷に家を買ってしまったそうだ。


 もちろん奥さんからは不満もあったそうだが、同居ではないのでなんとか認めてもらったらしい。そこは何故か妙に安い土地に家を建てたのだが、完成は予定より半年ほど遅れた。建設会社に文句を付けたら『まあ……色々とありますので……申し訳ありません』と歯切れの悪い謝罪をするばかりで、何があったかは決して話してくれなかった。


 とにかく家が出来上がったので家族でそこに移ったのだが、初日から奇妙なことはあった。


「おとうさん、あのひとだれ?」


 もちろん新築であり、佐倉さんは初めて家に入ったのだ。他の誰かがいるはずがない。しかし娘には女の人が見えているようだった。しかし、初日からそんなことがあったとは考えたくないので『気のせいだ』とだけ言って新築祝いで寿司の出前を頼んだ。奥さんもあまり気にしている様子は無く、その日は無事終わった。


 故郷での就職をして以来、奥さんに家を任せ仕事に出ていたわけだが、帰宅すると料理を作っている奥さんがいた。キッチンに向かい何を作っているのか聞いて、それから少し奇妙に思った。娘の声が聞こえないのだ。まだまだ子供であり母親から離れるとすぐに泣いていた娘の姿が見当たらない。テレビでも見ているのかとリビングに向かうとそこに娘はいたのだが、テレビはついておらず、一人で本を読んでいた。


 娘は本が好きだったとは知らなかったが、何故か音読していた、いや、正しく言うとアレは娘なりの読み聞かせに思えた。まるで兄弟がいるかのように絵本の内容を隣に向かって言い含めていた。


 イマジナリーフレンドとかいうやつだろうかと、娘のことが不安になったが、そこで夕食のカレーが出来たそうなので、キッチンに行き卓を囲んだ。


「おとうさん、きょうね、ともだちができたの!」


「そうか、優しくするんだぞ」


 そうは言ったものの心中穏やかではなかった。何しろ娘はまだこちらに来てから保育園には入れていないのだ。いくら田舎でも保育園の数が少ないので預けるのは順番待ちになるのだが、まだまだ入れる時期ではない。かといって一人で外に出すには不安な歳だ。一応奥さんに『公園にでも行ったのか?』と言ってみたが、「そんなヒマないわよ」と言われてしまった。では娘の言う友達とは誰なのだろう?


 それからも娘は誰かと遊び続け、奥さんは手間がかからなくていいとは思いつつどこか不気味に思っていた。


 そして問題になったのはしばし経ってからのことだ。深夜、鳴き声で目が覚めた。娘も夜泣きをする時期は過ぎたはずだがと思いつつ隣を見ると、スヤスヤと娘は眠っていた。起こすのも悪いと思い、キッチンに行ってビールを一本空けて煽り、アルコールの勢いに任せて寝た。


 入居して半年が経った頃、奥さんが奇妙なことを言いだした。娘が保育園に入れたので仕事に出て行けるようになったわけだが、家から出るときに足が妙に重いそうだ。足元には何も無いし、気のせいだと思うのだが、会社に行くまでそれが続くらしい。


「何かあるんじゃないの?」


 そう聞かれても佐倉さんには何の心当たりもない。しかも自分には一切怪現象は起きていないのでそんなことを言われても困ってしまう。仕方ないので『家でしばらく休んでもいいぞ。俺の稼ぎだけでもしばらくなんとかなるだろ』と言ったのだが、「この家が不気味なのでむしろ会社にいた方が良い」と言われてしまった。


 新築の家に一体何があるというのか? そんなことを思いながら生活を続けていたのだが、妻も娘も奇妙なことを続けるのでこれは霊的なものだろうかと、そういうものを一切信じていない彼も、気休めだと思って寺に行ったそうだ。


 そこで衝撃的なことを聞かされることになった。住職が一家の顔を見るなり露骨に嫌な顔をした。失礼な人だなと思ったが、狭い田舎でトラブルを起こすまいと、寺の中で起きていることを話した。


 すると住職は『だからあそこを売るのは反対だったんだ』と忌々しげに言った。「どういうことですか?」と思わず尋ねた佐倉さんたちに住職はあそこの謂れを話した。


 話をまとめると、あそこは元々寺の所有していた墓地であり、バブルが弾けたときに手放したが、ずっと空き地になっており、しかもただの墓地ではなく水子供養の墓を建てていた場所だったそうだ。


 それを聞いて何故かあの家が安上がりだったことや、不動産屋の歯切れが悪かったこと、謎の工事遅延などに納得がいったそうだ。


 そして水子供養と言っても、実際には昔の飢饉の際に口減らしのために死んだ子供もそこで供養していたと語る住職に腹が立って仕方がなかった。


 一応住職が「親父の責任だから」と供養をしてくれ、庭の隅に小さな祠を建てられた。それ以来ほとんどの怪現象は無くなったのだが、娘が時々祠の側で誰かと話している様子を見ると『引っ越そうかな』という考えが頭をよぎってしまうそうだ。

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