一億二千万人の決められない日本人
工藤千尋(一八九三~一九六二 仏)
第1話十二人の日本人
僕の名前は安室行人(あむろゆきと)。高校二年生。学校ではその独特の名前から『アムロ行きます』ってあだ名で呼ばれている。それも小学三年生の時から。このあだ名を付けた奴を僕は未だに覚えているけれど、まあよく思いついたものだと思う。本題。今、僕はあるところに来ている。そこはまあ、ぱっと見、普通の部屋なんだけど。少し時間を遡る。僕の元に一通の手紙が届いた。その手紙の送り主は僕の知らない人であり。もっと言えば漫画の「ライアーゲーム」の運営とか、「カイジ」の帝愛みたいな感じであり。手紙の内容がこれ。
前略
この度は安室行人様が第一回『議論大会』の参加者に選ばれました。この『議論大会』は我が国における優秀な人材発掘のために開催致します。つきましては大会当日にこの手紙をお持ちの上、指定の時間までに会場へお越しください。参加の可否は自由となります。指定の時間までに会場へ来られなかった場合はいかなる理由がありましても不参加と判断いたします。
草々
差出人は『議論大会運営委員会』。指定の日時は今日。高校生の僕でも参加出来るよう日曜日のお昼過ぎ。部活動とかあったらどうすんだよ、とか考えたり。そしてそういう考えを吹き飛ばすことも書かれていた。『優勝賞金十億円』。他にも準優勝やベスト4までは億単位の賞金。まあ参加してみたくなるってのが人間としての心理であり。もちろん参加費は無料。会場への交通費もちゃんと出るみたいだし、何よりも参加者には時給が支払われる。それも時給千五百円。つまり日曜日という大事な休日を『得体の知れないなにか』に使ったとしてもそれを金銭で保証してくれるというわけであり。実際にお金を受け取るまでは安心出来ないって心理もあるけれど。心の奥底では「まあ、議論には興味があるし」とか「万が一、時給が払われなくても、まあ、漫画みたいで面白そうだし」とか「これガチで優勝したら十億円だよ」とか自分を納得させる理由を考えてたりして。僕が部屋に入るとすでに何人かの参加者らしき人がいて。結局、僕が部屋に入ってから間もなく十二人の参加者が揃った。
「ここの自販機は無料だそうですよ」
「あら。ホントね。よく見たら全部のボタンが光ってるわね。これって…」
「ああ。ホントだ。これは街中でたまに見る『当たり付き』の自販機と同じですね」
僕も部屋の中にある自販機を見る。本当だ。すでにお金を投入している状態。百五十円のペットボトルも、百三十円の缶コーヒーも。あたたか~いも冷た~いもすべてランプが光っている。
「気が利いてるねえ。飲み放題ってわけだ」
「そうですかね。気が利いてるならアルコールがあってもいいと思いますが。それにメーカーも同じものですよ。気が利いてるなら二、三台置いてあってもいいと思いますが」
「まあまあ。これはあくまでも私たちに対する配慮だと思いますよ。それに大事なこの場でアルコールはちょっと…、と思いますし…」
「そうですよお。それにぃ、こんなところで長居するわけじゃないんでしょお?」
「それは皆さん次第ですよ」
「ボクも呼ばれたの?小学生?」
「ボクじゃないですよ。小野田です。小学六年生ですよ」
「ふへー」
僕たちは今日、この場で初めて顔を合わせた。十二人の男女。
「これで全員かな?」
椅子の数を数えればそうじゃないの?
「ええええ?十二人でぇ、ベスト4まで残れば億の賞金?ホントぉ?」
それはないでしょ。多分これは一回戦。むしろ「あの招待状」に書かれていたことが本当っぽいことに喜ばないと。
「それはないでしょー。多分、今日は一回戦か何かですよ」
僕もそう思う。
どうやらこの集められた十二人で何かの議論をし、何人かが二回戦に進むのかな。それは議論のテーマでA案とB案に分かれて、自分の主張する案を通せばいいのか?学校の教室と同じぐらいの広さの部屋。窓もあって、そこから外も見える。今日の天気は快晴。窓から太陽の光が差し込む。部屋の中央に十二人が囲んで座れる大きな机と十二個の椅子。床は絨毯で椅子を動かしても音は気にならない。机の上には灰皿も置かれている。でも小学生もいる部屋で…、副流煙とか喫煙マナーがうるさい時代であることは十七歳の高校生である僕にも分かる。この部屋でタバコを吸う人はいるのだろうか。
「あのー、ここって喫煙スペースありましたか?」
「えー、タバコ吸う人いるんですかぁ?」
「ちょっとぉ。電子タバコも居場所なしなんですか?」
「でも…」
「でも?」
「灰皿ありますよ。これって『タバコをこの部屋で吸っていい』ってことじゃないですか?」
「ええええ。この部屋って喫煙オッケーなの?」
「じゃあ電子タバコもオッケーでしょ?」
なんとなく分かる気がする。この部屋が『喫煙オッケー』である理由。これも僕たちが試されていることの一つだ。
「ま、ま、ま。喫煙の方はこっち側に集まって座ってもらうことでいいんじゃないですか?ほら。部屋のこっち側には換気扇が付いてますしね」
確かに窓側には大きな換気扇が付いてある。学校の教室とは若干違うかな。
「タバコなんて百害あって一利なしよ。我慢すればいいじゃない。そんな何日も我慢しろって言ってるんじゃないんだし。今日この時間だけでしょ。そんな何時間もかかるわけでもないでしょ」
「あなた終わる時間が分かるんですか?もしかして、『運営』側の人?」
「そうは言ってないでしょ!」
「ま、ま、ま。部屋に灰皿が置いてあるってことは別にこの部屋でタバコを吸ってもいいってことでしょうし。吸わない人に迷惑をかけないよう吸う人は換気扇が付いてる側に集まって座るってことでいいじゃないですか。この国はタバコを禁止しているわけじゃありませんからね」
「そうですよ。私は一体いくらの税金を払ってきたと思ってるんですか。タバコ税、すごいですよ。値上げ値上げで。このままじゃあ一箱千円の時代もすぐですよ」
「だったら止めればいいじゃないですかぁ」
「ちょっと。『タバコの是非』を議論するために我々は集まったわけじゃありませんから」
「分かりませんよ。実はもう議論は始まってたりしてね」
そうなのだ。僕たちは今日、この部屋に、『議論』するために集められた。ここからもう少しだけ説明。あの論破王の影響もあり。日本でも『議論』、『ディベート』が一般的に注目されるようになった。論破王の有名なセリフである『それってあなたの感想ですよね』が今の小学生の流行語ランキング一位になったのは最近のことであり。それでまあ、この『議論』大会。優勝したら多額の賞金。それに希望すれば誰でも参加出来るわけじゃなくて。少なくとも僕はこの大会の主催者に『選ばれた』みたいだし。
「それじゃあタバコを吸う人はこっち側に、吸わない人は向こう側に座りましょう」
「あんまり離れないようにしましょう。煙は換気扇を『強』で回しますから気にならないと思いますよ」
「でもねえ…」
「飲み物も先にそこの自販機で買っといてくださいね。あ、タダだから買っといてってのは違うかあ」
「『好きなものを選んで取っといて』でいいんじゃないですかぁ?」
「すいません。アイコス、あ、加熱式タバコは…」
「こっち側でお願いします」
「私はグローですけどぉ。こっち側?」
「あなたも吸うんじゃないですか!」
「うふ」
「じゃあ僕は小学生だからこっちでいいですね」
「座る順は…」
「番号もないし。いいんじゃない。好きな席で」
十七歳の高校生である僕は吸わない側の席に座る。小学六年生の小野田君の隣の席。小野田君はお茶のペットボトルをテーブルの上に置いている。僕の前にはエナジードリンク。
「あらあら。あんたそれ、カフェインの塊よ。若いうちからそんなの飲んでると馬鹿になるわよ」
そう言いながら僕の隣にタバコを全否定していたおばさんが座る。見た目はおばあちゃんと言っていいと思うけど。七十歳前後に見えるこのおばさんは結構ズケズケとものを申す。
「はあ…」
「そうよ。炭酸は骨が溶けるし、カフェインは毒だから。夜は自然に眠気が来るもんなの。それを無理やりカフェインで眠気を無くすんでしょ。そんなの寿命縮めるのと同じだから」
「はあ…」
僕はこういう時、肯定でも否定でもない曖昧な返事をする。でも『議論』が始まれば自分の意見をちゃんと言えると思う。こう見えても僕は昔からよく『頑固だ』と言われる。ユーチューブとかで『ディベート』動画を見ていても「僕ならこう返すかな?」とよく考える。それに今日、この部屋に来ているってことは当然『議論に勝つため』であり。優勝賞金の十億円とまではいかなくとも、ベスト4でも億だよ。億。この部屋にいる他の十一人の表情や素振りを見ていても「これなら勝てるんじゃないか」と軽く考えていた。男七人。女五人。学生は僕と小野田君ぐらい。あ、あの頭の悪そうな語尾を伸ばす女の人は…女子大生かな?
「とりあえず自己紹介でもしますか?」
「わざわざ自己紹介なんかしなくていいでしょ。今日の目的は『議論』でしょ?『出会い目的』じゃないでしょ。それともお友達作りに来たんですか?」
「そこまで言わなくても…」
「決取ります?」
「『議論』なのに『多数決』ですか?やめときませんか」
早速タバコを吸っている男性。それを見て他の喫煙者たちもタバコを咥える。加熱式タバコの人たちもそれを手に持って口に運ぶ。僕の隣に座ったおばさんが大袈裟な咳をして取り出したハンカチを両手で振りながら嫌味を言う。
「あー、煙い!おほ!おほ!ごほん!」
「今の『ごほん!』はわざとらしいですよね」
「何言ってんのあんた。馬鹿じゃない」
このおばさんは本当に口が悪い。そしてスーツを着た一人の男性が部屋に入ってくる。まあそうだろう。『議論』には『ジャッジ』を下す審査員が必要だ。それに司会者というか進行役というか、そういう人がいないと『議論』ではなく『大声で自分の意見を叫び合う』だけになってしまう恐れもある。おそらくそういう役割を担う人間を『議論大会運営委員会』が用意したのだろう。
「誰?」
そんな声が聞こえた気がした。それを意識する前に部屋に入って来た男が話始める。
「どうも皆さんお疲れ様です。わたくしは司会進行役の小平石です。よろしくお願いします」
いや…、さすがに偽名でしょ…。あの名司会者を完全に意識してるでしょ…。そう思っていたら小平石さんは続ける。
「えー、皆さんには大変感謝しております。記念すべきこの議論大会の一回戦、この会場って言った方がいいですね、え、一人も欠けることなくご参加いただいたことに大変感謝であります。え、皆さんにはですね、この一回戦では一つのテーマについて文字通り、議論をしていただくわけでありますが。その前に皆さんはあの招待状を受け取ったと思いますが、あれだけじゃあ何も分かりませんよね」
「そうだよ」
「賞金はちゃんと出るの?」
「時給や交通費も?いや負ける前提じゃないけどさあ」
一斉に口を開く参加者たち。でも僕は気付いている。さっきから『自分の意見を口に出している人』と『そうではなく何も言ってない人』とに分かれていることに。僕も普段は周りから「頑固者」と言われながら、知らない人から急に話しかけられると「はあ」とどっちでもない答えでお茶を濁す。僕はこの部屋に入ってきてからもほとんど自分の意見を口にしていない。そしてここに集められた十二人。今、自分の考えをどんどん口にしてるのは四、五人。まあ初対面ならそうなるよね。その人の性格とかもろに出ると思う。今はまだ議論は始まっていないのだから。質問に対して小平石さんが答える。
「はい。一度に全部はわたくしも答えられませんので順番にお答えしていきますね。じゃあまず新田さん」
新田さん?そこでタバコを吸う側に座っている男の人が口を開く。五十歳過ぎ?ぐらいのサラリーマンっぽいおじさん。休日だから私服なのかな。白髪が目立つ。
「金銭的な条件についてしっかりと聞いときたいね」
そうそれだ。今この場にいる人が一番気にしているであろう質問。賞金ももちろんのこと、時給や交通費も大事だ。
「はい。もちろん招待状に書かれていた通りの条件だと受け取ってください。まず交通費に時給は皆さん全員に支給されます。そして賞金も出ます。もちろん皆さんに提示させていただいた金額です。優勝者に現金十億円です。準優勝者に現金五億円、ベスト4、つまり惜しくも準決勝で敗退してしまった方にはそれぞれ現金一億円がこちらの議論大会運営委員会から贈呈されます。交通費に時給は本日この場で清算させていただきます。時給は本日十三時からと予定してました通り、今が十三時七分です。わたくしがこの部屋に入って来たのが十三時です。そこから計算しますので。分刻みなどとせこいことは言いません。一時間単位で時間が一秒でも過ぎましたら繰り上げて千五百円が発生すると思ってください。交通費に関しましては公共の交通機関の往復料金を皆さんそれぞれのご住所、招待状を送らせていただきました場所からこの会場までですね。お車で来られた方でお近くのパーキングに止められたって方はおっしゃってください。高い方の金額で清算させていただきます。要は『この議論大会に集中していただくため』に少額の金銭のことに気を煩わせていただく必要は一切ないということです」
小平石さんの説明を食い入るように聞く皆さん。僕も同じだ。どうやらこの招待状が何かのドッキリって可能性は…低いと思う。何故ならそのドッキリをやるメリットがないから。消去法だ。小平石さんは続ける。
「では次に世良さんどうぞ」
おばさんにしては若い、若者とは…ちょっと違う三十代?ぐらいの女性が質問する。
「あ、世良です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
とにかくハキハキ小平石さん。
「そのですね、議論の勝敗っていうのはどうやって…」
「ジャッジするか?勝ち負けを決めるのかってことでよろしいでしょうか?」
「あ、はい。そうです」
それそれ。僕も気になる。皆も気になるはず。
「議論とはウィキペディアにこうあります。読み上げますね。『意見を論じ合うこと、思いつくままに口から言葉が出てくる日常の会話とは異なり、専門的な議論方法では、思考を論理的に組み立てる必要が生じてくる。討論とも。日本の大学生が議論だと認識しやすい会話は、対立が存在し、主張の理由が述べられている会話である。ディベートは具体的なテーマを元に対立して議論し、公式な競技でもある。決められた時間内で、証拠資料を伴った主張を行い、反論することを対立立場同士で互いに行い、最後にどちらが優位であったか審査員が下す。一方で時間的な制約から、聴衆に理解させるために複雑となる主張は用いにくく、真理を追究するというよりは判定者に受け入れられやすいかが重要となる』とあります。まあ他にも書かれていますが今日この場で、これから開催されます一回戦でしたらここまで十分だと思われます。テーマはこの後、皆さんからのご質問が終わり、議論が始まる直前に発表させていただきます。もちろんこちらで用意させていただきましたテーマであり、今日の参加者の皆さんが前以て知っているということはございません。皆さんにしていただくのは議論よりも先ほどウィキペディアにもありましたようにディベートに近いと思ってください。決まっていないのは制限時間です」
「いいですか?」
「はい。どうぞ。江口さん」
この部屋で最初から積極的に他の皆と会話をしていた人だ。社交的な、三十代後半?四十代?の男の人。僕は分かった名前をスマホのメモ帳に打ち込む。念のため。
「あ、江口です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「先ほどあなたが議論のウィキペディアを読み上げてくださったじゃないですか」
「はい」
「そこで気になる文面がありましてね。えーと、なんだったかな。証拠資料…でしたか」
「その部分を読み上げますね。『証拠資料を伴った主張を行い』」
「そこです。ありがとうございます。我々はあなたがおっしゃるようにまだ『議論のテーマ』を存じ上げません。その時点で『証拠資料』云々を用意するのは不可能なんですね」
「おっしゃる通り」
「また他にも文面に、えーと、聴衆だったかな」
「読み上げます。『聴衆に理解させるために』」
「そこです。『聴衆』っておっしゃってましたが、この部屋には参加者しかおりません。あ、司会進行役のあなたを除けばです。つまり『聴衆』っていないんですね。あなた以外」
「おっしゃる通り」
「それで最後にどちらが優位であったか審査員が判定すると。つまりは『議論の判定』、『勝敗のジャッジメント』をあなたが下すという解釈でよろしいでしょうか?若しくは、この部屋のどこかにカメラが設置してあって。それで外部にここの様子がすべて映し出されていて。ここにいない誰かが、もしくは集団が聴衆になり、審査員になる可能性もありますね」
「江口さん、なかなか鋭いですねえ。ただ、この部屋に隠しカメラなどは一切ございません。よってこの部屋の様子が外部にリアルタイムで流れることもございません」
「リアルタイムで?」
「失礼しました。外部に流れることはございません。皆さんがこれから行うのは一回戦です。つまりは他の場所でも多くの一回戦が行われているのです。それをいちいちチェックすることはございません。この大会の運営である『議論大会運営委員会』、ここでは運営と呼びますね。運営は一回戦をそれぞれの司会進行役、つまりはここでしたらわたくしに一任しております。原則、わたくしが聴衆であり、審査員であるとの解釈です」
「原則ですか?」
「そうです。ここからは細かいルールのご説明になります。最初にわたくしから『議論のテーマ』を発表します。皆さんにはそのテーマのA案かB案かに分かれて議論していただきます。勝敗はどっちの案が正しいかの議論で決まります。途中で考えが変わったらその時点で敗退です。まあその敗退方法は現時点であまり想定しておりません。意地でも考えを変えないってことは皆さんも経験などあるかと思います。でもそうなるとご自身の『理』、つまりご自身の中の『もっともなこと』との考えに疑いが生じます。ここ重要です。おひとり様『三回論破されたらその時点で敗退』とルールを決めさせていただきます。このルールはあくまでも『自らの負けを意地でも認めない場合』に適用させます。どうです?このルールがあるだけで泥仕合はなくなると思いませんか?」
「なによお。私が負けるわけないじゃないの」
僕の隣りの口の悪いおばさんが言う。
「そうですか?かなりの自信ですね。内山さん」
「当たり前なの!私はそういう運命なの!」
「なるほどー。他の方にも聞いてみましょう。徳永さんはどうですか?」
内山さんと同い年ぐらいのおじいさん。徳永さん。
「私は…、自分が何故ここに呼ばれたのか…」
「選ばれた理由はちゃんとありますよ。頑張ってください。瀬島さんはどうですか?」
江口さんとよく喋っていたタバコを吸う男の人。江口さんより一回り若く見える。
「え、俺?まあ…、一回戦って何人が二回戦に勝ち上がるの?あと優勝とか準優勝とか?何回戦まであるの?」
「そこも詳しくご説明しましょう。この一回戦。勝ち上がる人数は決まっていません。こちらが用意したテーマに沿って議論していただきます。A案とB案の割り振りがどのようになるかも現時点で分かりません。そして勝ち上がるのは議論で正しさを通した案を支持した方です。つまりは別の意見を主張する人たちを全員敗退させるか、もしくはわたくしのジャッジで決まります。ただわたくしがファイナルジャッジを下すことは原則ありません」
「ないんですかぁ?」
「ありません。だって時間は制限しないと決めてますので。先ほど、泥仕合はなくなると申し上げましたが、皆さんがどれだけご自身の考えを論理的に主張出来るかによります。それが出来ないと逆の意味で泥試合になります。細田さん」
甘ったるい語尾で喋る女子大生っぽい人は細田さん。
「いろいろとやってみないと分からないところもありそうですね」
「そうなんですよ。乃木さん。何しろ初めての試みですので。運営からもわたくしの裁量で泥試合にならないようにと申し使っております。そのための『時給』ですね」
乃木さん。もう一人の若い女の人。見た目もカワイイ。段々とみんなが会話に加わってくる。
「じゃあ時給を稼ぐための時間稼ぎが起こることもあるってこと?」
小学六年生の小野田君が発言する。
「少なくともそうならないようここに集まった十二名の皆さんは頑張ってくれると信じてます。小野田さん」
「それってあなたの感想ですよね」
出た。小学生の流行語ランキング第一位。
「ははは。手厳しいですね。では小野田さんがここでの最年少ということで二番目に若い安室さん」
僕だ。
「えっと。この大会の目的…と言いますか、運営の狙いは何ですか?」
結構大事なことだと思う。
「それについてもご説明いたします。とても重要な部分だと思います。今のこの国を見てください。そして想像していただければと思います。どうでしょう。この国は」
「どうって言われても…」
「現役高校生なら歴史の授業もあるでしょう。日本は諸外国と対等に渡り合えていると思いますか?」
「いえ…」
「ですよね。アメリカという大国の後ろ盾がなければモノも申せませんよね。お隣の韓国は軍事力を持ち、徴兵制度もあり、どんな国民的アイドルだろうと兵役に出ます。それが国民の義務になっているのです。でも日本は軍事力を持っていません。自衛隊というものもありますがそもそも憲法で正式な軍隊を保持しないと定めているのです。そして北朝鮮や中国などの核保有国です。核兵器を持つことがどれだけ外交において有利であるかはご存じだと思います」
「ちょっといいかしら」
「はいどうぞ。内山さん」
僕の隣に座っている口の悪いおばさん。内山さんが口をはさむ。
「日本が軍隊を持っていないことは誇るべきことなのよ」
「続けてください」
「いい。拳を握った状態であなた握手できんの?」
「手を開かないと出来ませんね」
「でしょ。軍隊がなければ戦争なんか起きようがないでしょ」
「おっしゃりたいことは分かります」
「あんた日本がなんでこんなに平和な国になったか分かる?」
「どうぞ」
「拳銃が禁止されてるからでしょ。いい。この日本では拳銃を持つことは許されてないの」
「では争いが起きたときはどうすればいいと思いますか?」
「そんなの簡単でしょ。話し合えばいいのよ」
「今、内山さんがおっしゃったとおりです。この大会の運営も原則として内山さんとまったく同じ考えだと思ってください。要は『世界の諸外国とも話し合えばきっと分かりあえる』という考えです。その考えを根本に置き、『じゃあ話し合いで無敵になればいい』と考えたわけです。究極は『どんな軍事力にも核兵器の圧力にも負けない論破力』です」
小平石さんの言葉に部屋の中がざわついた気がした。僕の心の中も同様にざわついた。構わず小平石さんは続ける。
「じゃあその理想を現実にするにはどうすればいいか。国民の中から探し出すのが一番だろうと。そのためには?こうやって大会を行って『ツワモノ』を探し出せばいい。そうやってトップクラスの集団を作ればこの国は変わるのではないか?そういう理念です。皆さんも考えてみてください。想像してみてください。そういう組織が出来上がれば。まず選挙にも勝てます。どうしてか?『ツワモノ』だからです。あの論破王はアンチが多いです。敵が多いです。でもどうでしょう。彼の言葉は小学生の流行語ランキングで一位を獲ります。アンチの数以上に支持者が多いんです。影響力も強いです。理由はいろいろとあるのでしょう。彼は責任を取らないと言われてます。だから自由奔放な発言が出来るのだと。果たしてそれは正論でしょうか。わたくしにはそれが負け犬の遠吠え、負け惜しみに聞こえます。諸外国が外交でふんぞり返って日本を舐めているのは日本という国の論破力が弱いからなのです。たとえ大国が相手であろうと核兵器で脅されようと理詰めでキッチリと他の国を巻き込んで世界中の前で論破すればいい。そうすれば日本はもっと変わるはず。変われるはずです。運営はそう考えてます。言いがかりのような金を外国にばら撒く必要もなくなります。そんな金をばら撒くほど今の日本に余裕はありません。運営が集めた『ツワモノ』なら国会でも正論を貫くでしょう。既得権で一部の富裕層のために国が沈没していくことを防ぐこと。それも『ツワモノ』なら可能でしょう。そういう『ツワモノ』を探し出し、集めるためにこの大会で『知恵』があり、『常識の捉われないアイデア』を生み出すことが出来、『固定概念ではなく常に広い視野で物事を考えられる柔軟性』を持つ者を探し出すことこそが理念です。逆に言えばそういう『ツワモノ』でなければ一回戦、二回戦と勝ち上がっていくことは不可能でしょう」
「じゃあ…ベスト4って…」
「はい。四人の『ツワモノ』を探し出せれば上出来だと考えています。どうでしょう。やる気は出ましたか?まだ喋っていないのは、えー、冴羽さん」
水商売っぽいおばさん?三十代後半かな?四十代?冴羽さん。腕組みしながら右手にタバコ。マニキュアが光ってる。
「あの論破王をスカウトすれば話が早いんじゃないの?」
「おっしゃる通り。皆さんがこの大会を勝ち進んでいけば対戦相手として出会うかもしれませんよ」
マジですか?
「あとは。山田さんがちょうど最後ですね。何かございますか?」
うーん。眼鏡をかけたおじさん。四十代かな。
「いいですか。勝ち上がるのは一名ですか?それとも例えばA案がいいよねって結果になったとして。A案が十一名なら十一名が勝ち上がりですか?」
「おっしゃる通りです。原則として勝ち上がりは一名が理想と運営は考えております。ただこのルールだと十一名が勝ち上がる可能性もあるってことです。わたくしが『原則として』、また『理想』で勝ち上がりは一名と発言したのはこの大会自体、先ほど申し上げました『ツワモノ』の発掘が目的です。どんどんとふるいにかけるのは当然のことです」
「それだけ参加者の数も多いってことですか?」
「そうです」
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