黄泉帰りの楽園
九JACK
第1話 聖浄学園高等部
黄泉路。現世と黄泉の国を繋ぐ道。世界のどこにでもあり、どこにもない道。正確に言うならば、黄泉路は生き物が死ぬときに道を開き、死者を招き入れる。
死者が出るとき以外、現世と関わりを持たない。現世からも黄泉路に関わることはない。──その均衡が崩れたのはいつからのことだろうか。
黄泉路が開かれ、現世の気を取り込んだことにより歪み、死者や人ならざる者をも歪ませ、妖魔という存在に変容させた。
妖魔は元々死に列なるものから成るためか、生者への執着が強い。故に、生者を死へ誘うよう害悪をもたらす。そんな存在として認識されたのは三十年くらい前からだろうか。記録にはそう残っているが、その記録は人々が妖魔に立ち向かう技能を取得してからのもので、もしかしたら、妖魔はもっと前から存在していたのかもしれない。
そんな世の中になる中で、日本では対妖魔部隊設立のため、妖魔対抗技能を育成する学校が出始めた。
その筆頭に立つのが私立聖浄学園である。
聖浄学園の理事長は三十年ほど前に対妖魔技能を発見した一人であり、その技能により、生徒が宿す妖魔対抗技能を見極めている。
妖魔対抗技能は様々あり、俗に「タイプ分け」と呼ばれている。
歌で清浄な気を放ち、妖魔を討ち祓う「歌唱タイプ」
空間を縫い合わせることによって、妖魔を捕らえる結界を張る「縫合タイプ」
物質を対妖魔物質に変容させて攻撃する「薬合タイプ」
妖魔の弱点を見抜く目を持つ「点描タイプ」
想像を実体化させて戦う「創作タイプ」
等々、様々なタイプがある。
聖浄学園は日本の中でも妖魔出現頻度の高い危険区域に指定されており、教師もいずれかのタイプを習得し、生徒の実戦を支援するという形を取っている。
入学して早々実戦、とは少々きついものがあるが、縫合タイプである理事長が学園の敷地全体に結界を張り、妖魔の力をある程度まで弱め、妖魔が学園外に出ることのないようにしている。
妖魔は神社や寺などに出現することが多いため、神主や僧侶が結界で閉じ込めているため、日本での一般被害は少ない。
だが妖魔の出現確認数は世界でトップレベルの日本。のうのうと過ごすわけにはいかない。故に、まだ少ないながらも学校でタイプ技能の育成が取り入れられているのである。
そんな聖浄学園高等部。入学式を終えて放課となったある三年の教室。
「新入生代表の子、めっちゃ可愛かった」
「確か、八回噛んでたわよね」
「雫ちゃん細かいー、そんなんじゃモテないわよ?」
「五月蝿いですよ優等生。今年はなんとしても逸材を獲得したいんですから……」
のんびり喋る茶髪の女子生徒と、黒縁の眼鏡をくいっと持ち上げる雫と呼ばれた生徒。
二人の間には小柄なツインテールの女子もいて、相槌を打つ。
「
万能タイプとは、現存する全てのタイプ技能を心得た人物を指す。それで部活の取り合いになるのは、ここ聖浄学園では、部活動でタイプ分けをし、部活単位で年間の妖魔討伐戦績により、予算が割り振られるからだ。どの技能も人並み以上の万能タイプは引っ張りだこ必至なわけである。
雫と呼ばれた少女は不満そうに茶髪の「優等生」を見やる。
「あんたたち文芸部は去年も戦績一位だったでしょ? まだ発見されたばかりの私たちコンピューター研究部の集団『記号タイプ』の苦しみを少しくらい知ればいいのに」
ぎりぃ、と歯軋りする雫。茶髪はのほほんとした笑顔で少し長い髪の先を弄るのみだ。
間に挟まれたツインテールが悩ましげに雫を見る。
「記号タイプはまだ世間にあまり知れ渡っていないし、大体適性のある『機械いじりが得意な人物』って、引きこもりやら平和主義が多いものね」
「記号タイプこそ、妖魔に対抗する新たな道だというのにっ」
彼女たちが話す「記号タイプ」とは、つい十年ほど前に発見された新しいタイプ技能だ。既存タイプに耐性を持つ妖魔が増えてきた中、希望の星とも言えるタイプ。……だが、いかんせん、戦いに参加する気概を持つ者が少ない。
嘆く雫に、茶髪がのんびりという。
「そういえば今年の新入生には記号タイプ適性が何人かいるらしいわね。せいぜい運動部に取られないように頑張りなさいな」
「モチのロンよ!」
鼻息ふんすの雫に、茶髪の少女は苦笑いを浮かべた。
部活で大まかなタイプ分けがされているとはいえ、どの部活に所属するかは生徒個人の意志によるものである。
歌唱タイプは合唱部、薬合タイプは化学実験部、縫合タイプは手芸部、創作タイプは文芸部などのように分けられているが、実際に全てそのように分かれているわけではない。
その最たる部活が、茶髪とツインテールの少女が属する文芸部だ。
文芸部は訳あり部として有名で、その多くは創作タイプだが、たまに強力な縫合タイプが入ったり、歌唱タイプが入ったりということがある。結果的に妖魔との戦績がよくなり、いつも予算を一番もらっている部活というのが一般の認識だ。
ちなみに運動部も普通に存在し、そちらはタイプ分け関係なく受け入れ態勢があるため、好きなスポーツに流れる技能者も少なくない。
「特殊中の特殊は貴女よ、
「特殊と言われてもねぇ……私のあれはれっきとした創作タイプだし」
優子と呼ばれた茶髪が少々困り顔になる。だが雫は容赦なく、びしりと指を立てて責め立てる。
「噂では弟さんを脅して強制入部させたとか!」
「それどこからの情報?
「優子、そういうところよ」
表情が一気に険悪になった優子にツインテールがチョップを入れる。「あいた」とチョップを受けると、優子は元ののほほんとした顔に戻った。
「咲人くんには記号タイプの適性があったそうじゃない!」
ずい、とそこに詰め寄る雫。ちなみに咲人とは優子の一歳年下の弟で現在聖浄学園高等部二年生、文芸部所属だ。
真剣な表情で詰め寄る雫に優子はどこ吹く風。代わりに間に置かれたツインテール──文芸部所属、
「まあ、
「……優子の弟というだけで訳あり感ぷんぷんだからやめとく」
「賢明ね」
「二人して私に失礼ー」
ぽやんとした表情だが、それでも優子は怒っているらしい。
そんな他愛のない日常。部活の勧誘合戦とは春らしい話である。
そんな和やかな雰囲気は、一瞬で凍りつく。
優子が真顔になった。学園の中でも妖魔討伐経験の多い優子の勘が働いたのだ。それを察した他二人も表情を引き締める。
「……妖魔!」
校庭に気配を察知したらしい優子は、教室の窓からベランダへ、それから校庭に向かって飛び降りる。
普通からしたら無謀な行動だ。三年生教室は三階である。三階から飛び降りても死にはしないという話があるが、それでも怪我をすることは確か。
だが、優子に限ってはその心配はない。
「
優子の呼び声に応じ、どこからともなく、丸いふわふわした生き物が出てきて、優子の体を風で包み、風の力で妖魔の現れた方向に押し出す。これが優子の能力、創作タイプ「
校庭には黒や茶色がごちゃごちゃになってどどめいろと化したヘドロ状の物体が蠢いていた。妖魔である。優子が近くに着地すると、それに反応して、のっそりと振り向く。どこが目とも鼻とも知れぬその姿は醜悪だった。悪臭も漂う。優子は顔をしかめた。
「
優子の着地により役目を終えたシルフと入れ替わりに、今度は青くて丸くてぷよぷよしたものが現れる。何事か、人には聞き取れない言語を詠唱し、上空に水の塊を生み出す。
しかし、ウンディーネの技が放たれるより早く、ヘドロの妖魔が泥の弾を優子に向かって放つ。弾数が多く、避けきれない、と優子が険しい表情になると、そこに二本の何かが、矢のように飛んできた。
「電子結界!」
そう叫んだのは三階から降りてきた雫だ。地面に突き刺さった棒二本の間に揺らめきが生じ、バリアとなって泥の弾を弾く。
「助かったわ」
「礼は後。くっ、入学式が終わったからほとんどの生徒が寮に戻っているわ。人手不足よ……」
いくら優子が優秀でも、技を出すには時間がいる。しかもヘドロの妖魔は大きい。放課後、三人で駄弁っていたが、他の生徒は早々に寮に帰っていた。しかも雫と麻衣は戦闘向きのタイプではない。
ヘドロの妖魔は鈍重ではあるが、こちらに襲いかかってくる。優子と雫を呑み込むように。雫の電子結界でも防ぎきれない。
そう思った、そのとき。
「攻撃用記号構築、標的を確認」
静かな男子生徒の声が通った。優子が驚いてそちらを見やる。
そこには電子を纏った木刀を持つ少年が一人。制服のバッジを見るに、新入生のようだ。
彼はつらつらと唱える。
「悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ、記号解放──!」
少年が手にした木刀で妖魔を切り裂くと、真っ二つになったヘドロは、地面に溶けるようにして消えた。
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