第58話 決戦、猿飛家
鳥山婦長?
どうして婦長がここに?
俺の疑問は言葉にするまでもなかったようで、婦長は『顔にかいてありますよ』とでも言いたげだった。
「
「いや、それはそうかもしれないが、ここにあなたがいる理由が……」
「総国様がお困りであれば、どこへなりと駆けつけて差し上げるのは使用人として当然の務めかと」
「……気持ちは有り難いが……」
俺が二の句を出す前に、婦長は檻の側の壁際に向かった。
「……?」
俺はそこに何も見つけられなかったが、婦長は特に迷うことなく垂れ下がっていた鎖を見つけ、それを強く引いた。
ゴゴゴ……!
すると檻が鈍い音をたてながらどんどん上がっていくではないか。
俺は阿呆の様に口をポカンと開けてその光景を見守ることしかできなかった。
「ささ、お早く」
婦長は開かれたトンネルの奥を指差し言う。
「な、な、なんで檻を上げる方法を?」
俺が問うと婦長は小首を傾げてうーんと唸り、
「なんと申し上げましょうか……勘です。『女の第六感』と言ったほうが正しいのかも知れませんね」
そんな冗談の様な事を言いながら、彼女は俺の背中を押してトンネルの方へと送り出した。
「今はそんな事に気を取られている時ではありません。さぁ、お急ぎ下さい」
「……」
もちろん、思うところはある。
だが、婦長の言う通りそれは後でいい。
今は猿飛救出が最優先だ。
「……婦長、ありがとう」
「御武運を」
婦長は懐から火打ち石を取り出して俺の背中に打ってくれた。
「必ずや、猿飛様を……」
「任せてくれ!」
そして、様々な迷いを振り払うように俺は走り出した。
「犬飼! 猿飛はいまどこだ!」
携帯はさっきから繋ぎっぱなしにしてある。犬飼は即座に、
「まもなくキッチンへ到着されます! 蛇乃目隊長はゆっくりとそれを追っています」
「よし! 有仁子に代わってくれ!」
同時に、
「おい有仁子! 猿飛の家の照明は落とせるか?」
「あァ? たりめーだ馬鹿。そこらじゅうにマイクとカメラ仕込んでんだぞ?電気関係なんざ弄ってねーわけねぇだろ馬鹿」
「10秒後に5秒間だけ全照明を落とせ! そしてすぐ元に戻せ!」
「たったの5秒? いいのかそんなんで??」
「構わん! 頼んだぞ!」
俺は通話を切り、スマートフォンを懐に仕舞った。
カウントダウン開始だ!
10
俺は全速力で床下収納直下を目指す。
9
少し先の天井にうっすらと灯りが漏れる場所があった。あそこだ!
8
7
6
5
俺は心の中でカウントダウンしながら灯りの漏れる床下収納の真下へ立った。
4
3
2
1
そして……!
フッと、直上の僅かな光が消えた。
そして、暗闇がすべてを支配した。
それが合図だ!!
今だ!!!
俺は勢いよくキッチンの床下収納を下から開けた。
今さっきまで暗闇にいた俺にとって外からの薄明かりの入ってくるキッチンは満月の夜の様に何もかもがよく見える。
(……ッ!)
見回すと、恋子は本当に目と鼻の先にいた。実に手を伸ばしやすい位置だ。やはり彼女は俺の一言で全てを理解し、行動していたのだ。流石だ!
俺は彼女の細くて陶器のように白い腕を引き寄せ、床下収納の中に引きずり込んだ。
そして、替わりに自分が室内に上がる。
回転するように入れ替わる俺と恋子。
入れ替わる際に一瞬だが彼女の顔を見る事ができた。
曖昧なその瞳は、それでも俺を見ていた。
恋子なのか。
愛子なのか。
わからなかったが、猿飛である事は間違いない。
その整った顔。
白い肌。
軽いからだ。
……俺は震えた。
全身に何か、熱いモノが
彼女はそのままトンネルの中へとずり落ちて行く。その様子も痛々しくて心苦しかったが、仕方ない。
俺は床下収納の扉を閉め、何事もなかったように立ち上がった。
そして灯りが点く。ぴったり5秒だ。
……これ以上長ければ蛇乃目に気付かれてしまうだろう。
腐ってもゴールドメンバーズの隊長だ。夜間戦闘の経験も実績も俺なんかよりずっと格上なのは間違いない。
だから5秒で決めなければいけなかったのだ。
「……約束通り来てやったぞ、蛇乃目」
キッチンのテーブルを挟んで俺と蛇乃目はついに対峙した。
突然俺と猿飛が入れ替わった事に対して蛇乃目は特に驚く様子もなかったが、不愉快そのものと言う表情を浮かべていた。
「……彼女は?」
「状況は分かってんだろ? お前らの作戦は失敗したんだよ。蛇乃目」
俺は鼻で笑ってやったが、蛇乃目の様子は変わらない。むしろ、少し頬を緩ませてすらいた。
「ククク、まぁいい。むしろウェルカム!」
蛇乃目は両腕を大きく開いてぺろりと舌なめずりした。
もう最高に気持ち悪かった。
「坊っちゃん、あなたはここで死ぬんですよ。もちろん、試合中の不慮の事故でね」
ニタニタと邪悪な笑みを張り付ける蛇乃目。 ……まぁ、こいつの言いたいことはわざわざ聞くまでもない。
「何が試合だ。不慮の事故に見せかけて俺を殺して、邪魔物の減った金沼家の中枢に手を伸ばすつもりなんだろ? そしてついでに有仁子も消す。違うか?」
「ククク。まぁ、そんなところだね」
「そんなに簡単にいくかな?」
「キミの死というきっかけさえあればね。きっかけさえあれば、私はいつでも金沼家を乗っとることができる。時間はそうかからないさ」
「フン、お前がどうこう出来るほど金沼家は甘くないぞ? 身の程を弁えてモノを言え。蛇乃目」
「冴えない遺言だね」
まさか今日ここで
だが、いつかはこんな日が来るだろうと思っていた。
たまたま今日がその日だっただけのことだ。
俺は装備品のグローブをしっかりとはめ直し、拳を握った。
「俺の大事な
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