第24話 アイツの世界はあかんヤツや!
「予想を遥かに上回る酷さだよ。この分じゃあ、中は悲惨を極めるんだろうな」
俺が悪趣味極まりない出入り口を睨みつけると、
「それはご自分の目でお確かめください」
婦長はそう言って背後に控える門番役の使用人に目配せをし、ついにその地獄の門を開いた。
「……」
その時、俺には適当な日本語が見つからなかった。
なにせ門が開いて即、俺の目に飛び込んできたのはロココ様式をベースにオリエンタルな雰囲気を醸しつつ、日本の古き良き伝統を今に伝える内装と、都会の深夜のクラブイベントを思わせる尖った雰囲気の闇鍋的世界観で構成された異空間だった。
……俺の貧困なボキャブラリーではこう表現するのが精一杯だ。とにかく、門の向こう側はまさに『有仁子ランド』と化していたのだ。
「うーわー、なにこれ」
有仁子の桁外れな悪趣味に流石の猿飛も引いていた。
俺が有仁子を敵視する理由に、あいつが持つ独特の世界観があった。
どこに基準があるのか分からないそれは、ある種の不安と驚異を感じさせるのだ。
花が咲く前にこの芽を摘まねば。そんな気分にさせられる。
「総国様」
犬飼が低いトーンでぽつりと囁いた。何かを俺に報せる声色だった。
ああ、わかっているよ犬飼。気配でわかってしまう。
奴が来たのだ。
「おやおや、そこにいるのは惨めで可哀想な負け犬の総国クンかなぁ?」
凶々しい邪気を纏いつつ、正面のクソでかい階段から俺を見下す様に怨敵・有仁子がゆっくりと降りてきた。
マフィアのボスみたいな登場だった。
「総国ィ、逃げずに来たのは褒めてやるよ。すぐに後悔させてやるけどなァ!」
「ふん、後悔するのはお前の方だよ有仁子。今のうちに詫び状でも書いておけ」
「侘び入れンのはお前の方だろうが総国ィ! 生意気言ってスイマセンでしたってなァ!」
「生意気? 上から目線でモノを言われる筋合いはないな」
「ンだとゴルァ!」
「……クソがッ!」
こんな風にメンチの切り合いみたいな事をするのは本意ではないが、目を逸らしたら負けだ。
【敗北が自ら道を譲ってこそ本物の覇者】
父の金言を胸に眼力を高めていると、猿飛が俺の袖をくいくいと引っ張った。
お前空気読めよと言いかけたが、その顔を見て言葉が引っ込んだ。
「ねぇ金沼くん。私の相手は?」
さっきまでの猿飛ではなかった。微かだが頬を赤くし、息も乱れ始めている。
何かに期待するような瞳は、猿飛が戦闘モードに移行していることを物語っていた。
まだ対戦相手が何者かも知れないというのに……おそろしい子!
「おい有仁子、猿飛の相手は誰なんだ。早くしないとこいつ暴走しかねんぞ」
ぎらぎらし始めた猿飛を見て、有仁子の顔が引きつった。
「す、総国。その変態の首に鎖でもつけとけよ」
猫田の一件以来、有仁子は猿飛を殊更警戒していた。
彼女はやや身構えるような格好で、
「まぁ慌てるなよ。お前らの出番はメインイベントだ。それまでいつもみてーに試合すっからよ、せいぜい遊んでってくれや……あ、お前今一文無しだったっけ。ごめんごめんアーッハッハッハ!」
胸糞悪い高笑いと共に有仁子は去っていった。と言うより猿飛が怖くて逃げたのだろう。
非常に良い気分だが、俺の懸念していたことが起きたのでプラマイゼロだ。
「なぁ犬飼。今日の予定は分かるか?」
俺が尋ねると、犬飼は端末を操作してその画面を俺に見せた。
「19時から4試合が組まれております。猿飛様の試合はその後、メインイベントとして行われますので試合の進行にもよりますが、通常のペースであれば21時から22時頃にお出番となるでしょう。現在17時を少し回ったところですので、随分時間が空いてしまいますね」
「やっぱりそうか。妙に早い時間指定だと思ったよ」
多少は覚悟していたが、およそ4時間程度の待ち時間は長すぎる。恐らくこれも有仁子の作戦の内だろう。本当に姑息なヤツだ。
流れを切ることになるが一旦帰った方がいいのか。
「なぁ猿飛、お前はどうしたい?」
と訪ねようとしたら猿飛の姿が無い。
「おい、猿飛のやつはどこ行った?」
犬飼を見やったが、俺の質問には鳥山婦長が答えた。
「今さっき、場内を探検してくると仰って何処かへ行かれましたわ」
えーそういうのはすぐに教えてよ婦長。ただでさえほっとけない奴なのに……。
とは声に出さなかったが、俺の抗議は表情で婦長に伝わったようだ。婦長は申し訳なさそうに、困ったような笑顔を見せた。
「止めたんですが、言う事を聞いてくれなくて……」
まるでおてんば娘に手を焼く母親の様な顔で言う婦長。俺は肩をすくめてみせた。
「まぁ、テンションを維持できるのならあいつの好きにさせておくのもひとつの手かも知れん。そういう事なら、俺も偵察を兼ねて会場を回っておくか」
俺を取り囲む有仁子の世界。
変わり果ててしまった強敵之会を見るのは忍びないのだが、現状把握は勝利への布石である。
嫌なことから目を背けていては前進など夢のまた夢。俺はシンジ君の教えを心の中で繰り返した。
(逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……っ!)
そういうわけで、俺はこの魔界のような有仁子ランドの探索を始めた。
内装も雰囲気も許容できるところなど微塵も無いが、客の熱気は以前と変わらないようで安心した。
まだ試合開始まで時間があるというのに、客は随分と集まっている。
彼らの会話に耳を
『あの猿が凄い奴と戦うらしい』
『俺は猿に全財産突っ込むぜ』
『俺は対戦相手に賭けるぞ……いや待て、そもそも対戦相手って誰なんだ?』
そんな風に、客達の会話の中に対戦相手の情報は皆無だった。
(多少なりとも情報が拾えるかと思ったが、有仁子め、情報統制を徹底しているな)
会場内にも対戦相手の情報となる物は見当たらず、関係者が出入りするドアは電子キーでがっちりガードされている。
当然、有仁子の息がかかった関係者からは何も聞きだせそうもない。
なにせ俺は面が割れまくっているからな。お陰様で、この魔窟を一時間以上うろついたのに収穫はゼロだった。
「……疲れた」
忍者の様に抜き足差し足であちこち歩き回ったので余計疲れた。
俺は近くの自販機で缶コーヒーを買い、一服を入れることにした。
適当なベンチに腰を下ろして甘ったるいコーヒーで舌を麻痺させていると、遠くに見慣れた人物がふたり。何やら楽しげに会話をしているようだ。
「……猿飛と鳥山婦長か。妙なツーショットだな」
ふたりはリングを見下ろせる場所で談笑していた。
美しい女性が並んで楽しげに会話をするのには似つかわしくない場所だが、彼女達は楽しそうだった。
きっと鳥山婦長が気を利かせて猿飛をリラックスさせようとしてくれているのだろう。
有難い気配りだが、そんなことをしなくても猿飛は十分リラックスしているだろう。だが、その姿を見られたおかげで俺が安心できた。
「とりあえず暴走は免れたな。婦長に感謝せねば」
俺はそう独り言ち、再び情報収集へと戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます