第13話 一気にいろんな事ありすぎて

「……本気か?」

「本気だよ」


 猿飛は普段の控え目な表情とは裏腹な凛とした表情かおを見せていた。


「……この体質ね、生まれつきっぽいんだ」

「う、生まれつき? 昔からそうなのか?」

「幼稚園の頃からプロレスとかよく見てたんだ。小さい時は見てるだけで満足だったんだよ。でも、大きくなるにつれて体が動くようになってきて、いまじゃ、ほら、知っての通りというかなんていうか……」


 だからといって地下の格闘家をフルボッコにしてしまうのは飛躍し過ぎではないだろうか。

 俺は二の句を失っていたが、猿飛は続けた。


「私ね、このままじゃいけないって思ってて……ホントにヤバいとこまで行っちゃいそうで。でも、抑えるとその分反動がすごくて」

「……反動か。それで、我慢できずに強敵乃会ウチに殴り込んだってわけか」

「そんなつもりじゃないけど、結果的にはそうなっちゃうかな」


 俺は腕を組んで思案した。

 なんで猿飛がを言うのか分からない事も無いが、だからといってふたつ返事は無責任だろう。


「念の為に聞くが、医者には行ったか?」

「行ってないよ。別に病気じゃないし」

 病人扱いされたと感じたのか、ちょっとムッとした猿飛。

 ……少々失礼だったか。


「まぁそれはそうだが……つまり、こういう事か? ウチで戦って心の平静を保とうと?」

「すごくシンプルに言うと、そう。でもそれだけじゃないよ。この体質をなんとか治したいって思ってる」

「ウチで戦っても余計に悪化しないか? 対処療法にしかならない気がするんだが」

「そんなことないよ。あの浜崎って人やと戦ったあとはいつもと違ったもん。なんていうか、すごくスッキリした。これって今までに無かった感じなの。なんか、強い人と戦えば戦うほど開放されるような気がして」

「……それで、ゆくゆくはその体質も改善されると?」

「それはわかんないけど、可能性はゼロじゃない気がするの」

「……」


 正直、俺には分からない。

 割とマジで医者に行ったほうがいい気がするが、こんなもん医者としてもどうしたら良いのか分からないだろう。

 それに彼女を戦いから遠ざけたところで、その反動が本人の意志とは関係なく暴力的な方向へ向かないとも限らない。


 ある意味ウチで面倒を見るのが最善なのかもしれない。

 そうすれば、こちらとしても強力なファイターを抱えることになるわけだし……。


 それが良いか悪いかは別として、だが。


「……猿飛。お前、格闘技経験は?」

 面接的に尋ねてみると、猿飛はキョトンとした顔で答えた。

「無いよ」

「は? いやいや、そんな事は無いだろう。それでは敢え無く散っていった浜崎や鬼岩城が浮かばれない。あいつら結構ハードな格闘家人生歩んでるんだぞ」

「ホントだって。気持ち良くなってる時はなんていうか、体が勝手に動くっていうか、なんとなくっていうか」

「なんとなくって……しかし、あの見事な『ティヘラ』や『膝十字固め』はで出来る事ではないだろう」

「あー、アレは……ちょっと違うかな……」

「どういう意味だ?」


 俺は取り調べの刑事の如く鋭い瞳で問い正すが、猿飛は曖昧な笑みでやり過ごそうとしている。

「……どういう意味なんだ?」

「ええとね、それは……プライベートな事だからちょっと……今はまだ、ね?」


 余程答えにくいのか、猿飛はとてもバツが悪そうに顔をそむけてしまった。

 なんでそうなるのか意味不明だが、嫌がる女子に無理矢理アレコレするほど俺は下衆ではない。


 それに「今はまだ」という言い回しが気になったのと、それに続く「ね?」にちょっとドキッとしたので俺は一旦様子を見ることにした。


「……では、その件は追々おいおい

 俺がそう言うと、猿飛はホッとしたように吐息を漏らした。

「だがな猿飛。ウチはクリーンな闘技場を標榜しているが、それでもやはり危険は危険だ。お前だって戦闘時じゃなければ普通の女子なんだし……?」

「じゃあ……やっぱダメ?」

「そんな目で見るな。ダメとは言っていない。ただ、色々な方面の意見を聞いて、そこから……?」

「どうしたの? さっきから。なんか気になるの?」

「……なにか聞こえないか?」

「え?」


 ふたりで耳を澄ますと、遠くでバタバタと連続する音がする。

 猿飛がうーんと唸り、

「……ヘリコプター?」

 と言うので俺もそう思った。


 別段珍しい事でもないだろう。

 しかし、妙な胸騒ぎがした。

 その音がどんどん近づいて来るのだ。


「なんか……音が……」

 猿飛が不安がりはじめた。

 俺は焦燥感を覚えた。

 まさか、と思ったのだ。


 その時、屋敷が俄に慌ただしくなった。

 どこかしこで使用人達の声が響き、庭の方では何人もの使用人達が集まっているようだ。


 庭、と言っても庭園の方ではない。

 逆だ。

 そこには……ヘリポートがある!

「ま、まさか!!!!」

 思わず考えていた通りの『まさか』が出た。


 俺は部屋を飛び出し、ヘリポートが望める廊下側の窓に張り付いた。

 するとヘリポートには慌ただしく動く金沼家の機械整備班や、ヘリの誘導をする時に使うあの卓球のラケットみたいな物を持った誘導員がヘリに向かってなにかのジェスチャーをしていた。


「あ……あ、あ、あのヘリは!!」

 その機影が目視できる距離まで来た瞬間背筋が凍りついた。

 あのヘリコプターは金沼家の御用ヘリ!

 そしてそれに搭乗出来るのは唯一人。

 その人物こそ金沼家当主にして我が父・金沼かなぬま超越郎ちょうえつろうその人だ。


 何をどう考えてもあのヘリはここへ着陸するつもりで近づいている。

 そしてその目的は……。


 それを考えると否が応でも緊張が走る。

「あ……あわ……あぁ……」

 絶望的な状況下のクリリンみたいな声が口端から零れ落ちた。 

「金沼くん……」

 そんな俺を猿飛が心配そうに見詰めているので、取り敢えず俺は余裕をぶっこいてみた。

「フッ……相変わらずだな……」

 その震える声に余計に心配する猿飛。

「え? なに? 誰か来るの?」

 俺は自らに判決を言い渡す様に答えた。

「……父だ」 

「お父さん? でも、滅多に帰ってこないんじゃないの?」

「今は中東で石油の採掘権絡みの仕事をしているはずだ。だからそうそう帰国することはないと思って…………はっ!!」

 俺はめちゃくちゃ大きな心当たりがあることにようやく気がついた。

「そういえば、あの時……!」



 あれは2週間ほど前。

 俺が高校3年に進級した事を祝う電話を父からもらったのだが、その際『今後の進路』の話題になった。

 俺はそんな事などこれっぽっちも考えておらず、頭の中には地下闘技場の事しかなかったのでその時は適当に言い逃れて回答保留にしていた。


 父は『大事な事だから直接顔を見て話をしたい』と言い、近く帰国する様な事を言っていたようないないような……。



「……それで、どうするの?」

 先の話を受けて心配そうな猿飛。

「そういえば金沼くん、先週が期限だった進路調査票、まだ提出してないよね?」

 彼女はクラス委員なのでその辺の事情にも詳しかった。

「お父さん、心配してくれてるんじゃないの?」

「うぅむ……」

「ちゃんとお話ししたほうが良いと思うよ」

「……」


 確かに猿飛の言うとおりだ。

 父は多忙な中、わざわざ時間を作って帰国してくれたに違いない。

「……良し!」


 俺はすっくと顔を上げ、堂々と胸を張って声を上げた。


「逃げるぞ!!」



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