第10話 愛子、襲来

 そして運命の午後2時。

 約束通り、猿飛愛子が金沼家正門へと訪れた。


「ご、ごめんください……」

 猿飛はずらりと並んで待ち構えていた当家ウチの使用人達に気圧されていた。


「「「いらっしゃいませ!!」」」


 一糸乱れぬご挨拶に更に気圧され、ビビりまくる猿飛。

 だからやめろと言ったのに……。


 ちなみにこの一糸乱れぬ挨拶は犬飼の仕込みだ。

 あいつは俺がやめとけと言ったにも関わらず、使用人達に『総国様の御下命だ!! 大事なことだから2回言うが、総国様の御下命だからなぁ!!』と俺の名を強調し、何度も何度も挨拶の練習をさせていた。

 まさか、俺の好感度を下げる工作なのではないかと勘繰りたくなるほどに……。


 最近、あいつのキャラが少し変わった気がする。思い過ごしなら良いが……。



「やあ、猿飛」

 俺が颯爽と現れると、彼女はほっと胸を撫で下ろす様にふにゃっとした笑顔を見せた。

 きっと、俺の顔を見て安心したのだろう(願望)。


「すごいね……ほんとにお金持ちなんだ」

 彼女は目の前の使用人達と、その背後の屋敷を見て冷や汗を垂らしていた。


 彼女はシャツとスカートというオーソドックスな出で立ちだったが、濃紺で合わせた色使いが実に鮮やかで、春の日差しにとても映えていた。

 派閥としては正調の清純派である俺個人的に、これにはとても好感が持てる。


 俺は犬飼に目配せをして、彼を呼び寄せた。

「猿飛。彼は犬飼と言って、使用人達を纏める立場にある男だ。何か困り事があれば彼に言ってくれ」

 犬飼はタイミングを合わせた様に一歩前へでて、猿飛に頭を下げた。

「はじめまして猿飛様。犬飼と申します。御用の際はなんなりと、お気軽にお申し付け下さい」


 犬飼がイケメンオーラ全開で言うが、猿飛は別段動じることもなく頭を下げた。

「あの、猿飛愛子です。よろしくお願いします」


 彼女は犬飼の色香にかどわかされる気配すら見せない。これは意外だった。

(ほう、あの犬飼になびかないとは)


 言葉で表現するのは難しいしムカつくし悔しいが、犬飼は男前だ。

 彼にかかれば人間だけでなく動物すらも魅了してしまうという。

 先日も彼の親戚の家で飼っている雌のハムスターを狂わせ、以来そのハムスターは暇さえあればあの丸くて回転するやつの中で走り狂っているそうだ。



「まぁ、取り敢えず中に入ろう」

 そして俺が猿飛を邸内へと招き入れ、その後を犬飼が追った。


「今日は学校が休みになって良かったな」

 俺が言うと、猿飛は辺りをキョロキョロと見回しながら言った。

「でも、それって学校に爆破予告があったかららしいよ」

「ほぅ、それは物騒だな」

「……金沼くん、なんか『俺に任せておけ』とか言ってなかったっけ?」

「言ってない。それは存在しない記憶だ」

「……」

「どうした? さっきから」


 猿飛はさっきからずっと辺りを見回しまくっている。そのFPS初心者の様な視点の動きがコミカルですらあった。

「ううん、なんでもないけど……ただ、スゴイなって」

「ウチがか? まぁ確かに広いしデカいが、普段は使わない場所も多い。実用的とは程遠いよ」

「そうなの? でも、私の家はボロいから……羨ましいよ」

「大切なのは中身だと、母はよく言っていたそうだ」

「……?」


 おっといけない。余計な事を言ってしまうところだった。


「猿飛、昼は済ませたか?」

「うん。そうだ、お菓子を持ってきたんだよ」

「それは有り難い。しかし、お茶の前に少し運動でもどうだ?」

「運動?」

 頷き、俺は猿飛をある建物へと招き入れた。


 そこは板張りの広い空間……一言で言えば、道場であった。


「……剣道?」

 猿飛は少し首を傾けたが、俺は大きく頷いた。

「そうだ。ここはウチの使用人達が日頃の鍛錬のために使う道場だ。彼らは男女を問わず、いざという時のために護衛として動ける様に日々様々な格闘技の鍛錬するのがウチの使用人の掟なんだよ。ちなみに、ここの他に柔道場や空手や中国拳法の道場もあるぞ」

「へ、へ、へぇ〜、すごいね……」


 猿飛の瞳が輝いている。

 こころなしか息も上がっている。

 やはり、昂っている。

「なぁ、猿飛」

「……ん? なに?」


 どきりとした。

 声に色気が。そして顔には艶が浮かんでいたのだ。

 彼女は本能的にこれから起こる出来事を察知しているのかもしれない。


「犬飼がお前とんだが」

「え?」

 彼女が犬飼の方を振り向くと、犬飼は背広を脱いでネクタイを抜き、襟元と袖のボタンを外していた。


 そして準備を終えた犬飼は猿飛に頭を下げた。

「猿飛様。昨日さくじつの鬼岩城との試合、お美事でございました。貴方様の技の冴え、そして勇猛果敢な姿勢、私はとても感動いたしました」

「ど、どうも……」

「そこで是非、私とお手合わせをお願いしたいのですが」


 爽やかな微笑みの裏に潜む攻撃的な顔が、猿飛の琴線に触れたか。

 彼女の肩がぴくりと動いたと思うと、その顔が一気に緩んでいく。


 俺は今がチャンスとばかりにごほんと咳払いし、猿飛を煽った。

「猿飛。さっきも言ったがこの屋敷の使用人達は全員なにかしらの格闘技に精通している。そんな使用人の中でも犬飼はトップクラスの実力者だ。俺の見立てでは、鬼岩城よりも1枚、いや、2枚……10枚は上手かな?」

「へ、へぇ〜……」


 猿飛は荷物をどさりと落とし、靴下を乱暴に脱ぐとゆっくりとした足取りで板張りの床を踏んだ。


 彼女の小さな素足が床と擦れる音は静かな道場に響くような存在感があった。

 先程までとは気配が違う。

 既に猿飛はに入っているのだ。


 そんな猿飛の変化に犬飼は動じないが、それは表面的なものでしかないのは空気で分かる。

 犬飼が緊張している。

 これは珍しいことだ。俺まで緊張してしまうではないか。


「私のお願い、聞き入れてくださいますか?」

 犬飼が問うと、猿飛はこくんと頷いた。

「こちらこそ、お願いします……」


 そして対峙したふたり。

 俺は猿飛に言った。

「道着か何かに着替えるか?」

 すると猿飛は首を小さく横に振った。

「このままでいい」

「そうか? せめてスカートだけでも脱いで着替えたらどうだ?」


 しかし猿飛は艶っぽく微笑んで言った。

「……着たままでいいよ。よ。ね? 犬飼さん」


 ヤバい。

 エロい。

 しかし経験豊富な犬飼はそれすらもゆったりと受け止め、大人の余裕を見せつけるのだった。


「そういたしましょう。私も、もう我慢の限界です……」

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