第12話指輪の魔女は主人に要求する

「召喚の儀まで扱えるなんて、あなた、皇帝ではなく魔塔の長のが合っているんじゃないの?」


「俺も同感です。ですが"皇帝"でないと、エベリナ様のお身体を探せませんから」


 村長の家の外。召喚された子供や女性たちと感動の再会を果たす村人たちの姿を眺めながら、呆れ気味に息をつく。


「"炎華の塔"まで、私を指輪に戻すべきね。あの人数の召喚には、魔力をかなり消費したはずだから」


「……申し訳ありません、エベリナ様。少し、休息をとらせていただきます。もっと二人の時間を堪能したかったのですが」


「……帰りだってあるでしょう」


「!」


 リアンレイヴはぱっと顔を輝かせる。


「そうですね。帰りの馬車では、隣に座るのはどうでしょう?」


「断るわ。まだそこまで許したわけではないもの。調子に乗らないで」


「失礼しました。ですが確実に結婚への一歩を踏み出したことには変わりないようで、とても嬉しく今すぐにでも出立したい心地です……!」


 ほわほわと花を飛ばす勢いのだらしない顔を、じとりと見遣ってしまう。

 そんな私の冷めた目にも更に嬉し気にするものだから、彼はちょっと、特殊な性癖の持ち主なのかもしれない。


(結局、私は使われなかったわね)


 使える場面は、いくらでもあったのに。

 そうした事実が、私の胸中に「まさか、本当に?」という期待の芽を植え付ける。

 だから私は、丁寧に蓋をするのだ。


(勘違いしては駄目。どうせそのうち、この"便利な魔女"が惜しくなるのだから)


 そう、大魔導師で友人だった私に、"ずっと一緒にいたいから"と魂封じの指輪を作らせ、契約させた彼のように。


「本当に、どう礼を尽くしたらよいやら……。ありがとうございます、皇帝陛下」


 気づけば村長を前にして、集まった村人たちが膝をつき頭を下げていた。

 リアンレイヴは穏やかに笑んで、


「誤解が解けたようで、何よりです。今後再びこの村に立ち寄る際には、純粋な歓迎を期待しています」


 ところで、と。

 リアンレイヴは思い出したようにして、


「どうして収穫量が減ったのですか? 小作料を下げることは簡単ですが、一次的なものなのか、なにか重要な原因があるのかを考慮しなくてはなりません」


「水、かしら」


 私の言葉に、村人たちがはっと顔を上げる。

 村長もまた、驚いた瞳で私を見て、


「お気づきになられておりましたか」


「やっぱり、そうだったのね。川が近いというのに、水瓶や樽が多いような気がしたから。……思い出したの。この辺りは川が多いけれど、その中でも特に"炎華の塔"付近に通じる川は栄養が豊富で、魚や獣たちが多く集まっていたわ。それだけじゃなく、周囲の植物の実りもよかった。だからもし、あなた達がその水を作物に与えていたのなら。"水"に問題が生じたことで、収穫量に影響が出たのではないかって」


 その時、「おみず、あっちっちなの」とあどけない声がした。

 急ぎ「こら!」と宥める両親の姿を見つけた私は、その子に視線を向け、「お水、あついの?」と尋ねる。

 その子はちょっと迷ってから、「うん」と頷いた。


「おみず、あっちっちだから、さわったらめなの」


「水温が上昇した、ということですか?」


 リアンレイヴの問いかけに、村長が「五年ほど前になります」と頷く。


「"炎華の塔"の方角から大きな地響きがしたと思ったら、いくつかの川が突然、温度を上げたのです。魚は消え、獣も近寄らなくなりました。周囲の木々も、多くが熱に耐えられず、根が腐り枯れたのです」


「そんなことが……」


「川の恵みを受けていた我々にも、深刻な問題でした。はじめは汲み取り、一晩冷ましてから畑に撒こうと試みたのですが、川の水が冷めるには三日三晩を要しました。作物の成長に水は欠かせません。他の川の水と混ぜてみたり、冷めたものを時折撒いてみたりと、色々と試してはみたのですが……」


 村長は悲し気に首を振る。

 村人たちも、涙を浮かべる者、悔し気に歯噛みする者などそれぞれだけれど、これまでの葛藤が見て取れる。


「……リアンレイヴ」


「いかがされましたか? エベリナ様」


「あなた、私を"指輪の魔女"ではなく、"エベリナ・カッセル"という一個人たる存在として認識していると言ったわよね?」


「はい。エベリナ様は、エベリナ様ですから」


「そう。なら、私が魔力の使用を求めたのなら、もちろん許可してくれるのよね?」


「その場合は当然、エベリナ様の意志を尊重させていただきますが……」


 まさか、と。

 リアンレイヴは信じられない、といった風な顔で見る。


「川を、元に戻せるのですか」


「見てみないことには断言できないわ。けれど……おそらくは」


 リアンレイヴの喉が、ごくりと上下した。

 次いで彼は「わかりました」と頷き、


「村長、川に案内してください。我らが"大魔導師"様が、奇跡を起こしてくださるやもしれません」

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