第10話隠された姿

「あーあ、せっかくいい感じだったのに。エベリナ様のせいっすよー」


「え!? どういうこと、アッシュ。私が悪いの!?」


「エベリナ様のその覇気。あまりに素敵でぞくぞくしますわぁ……!」


「マーティ!? あなたまでそっちに行かないで!? とにかく、"命令"よ! 私を――"指輪の魔女"を使いなさいよ!」


 と、リアンレイヴは「そうですね」と微笑み、


「俺は確かに指輪の"主"ですが、それはエベリナ様が他の者にとられないよう空席を埋めたにすぎません。言いましたでしょう? 俺にとってはもう、"エベリナ・カッセル"という一個人たる存在なのだと。愛しいあなた様を、モノのように使うなど出来ません」


「っ!」


 リアンレイヴは赤い瞳をゆるりと細め、


「ご心配ありがとうございます、エベリナ様。ですがこの程度、俺達にとっては大した危機ではありませんのでご安心を。――アッシュ」


「もー、やっとすか。――眠りし息吹よ。我が声に目覚め、印を交わし同胞を解放せよ。"芽吹き"」


 アッシュの詠唱が止んだ途端、家が轟音をたて振動した。


「な、なんだ!?」


 誰かが叫んだ声を遮るようにして、壁や床、机から緑の芽が生え、瞬時に成長し枝や葉を伸ばし始めた。


「うあああああ!!」


「なんだこれ!?」


 男たちの混乱を嘲笑うようにして、伸びた枝葉は男たちに巻き付き、あっという間に拘束してしまう。

 残されたのは唖然としている村長と、微塵も動じていない三人だけ。


「ったく、あんまりにも許可が遅いと眠たくなるっすー」


 ふああ、と欠伸をかみながら伸びをしてみせたアッシュに、起き上がり服装を整えたリアンレイヴが「時には待つことも必要なんだ」と肩を竦める。


「ああ、そうですわ」


 同じく服装を整えたマーティが思い出したようにして、


「念のため、ですわ」


 男と共に貼り付けになった猟銃にとと、と近づくと、


「凍てし祝福を御身に賜らん。――"結氷"」


 ちょん、と銃口の先を人差し指でつついた刹那、猟銃が一気に氷ついた。

 マーティはご機嫌な足取りで、他二本も凍結させてしまう。


「さ、これで"お掃除完了"ですわね」


 ぱんぱんと手を払うマーティには、まったく疲労の色は見えない。


(アッシュもマーティも、なかなかの実力者みたいね)


「……なんで、こんなにも魔術が使えるんだ」


 誰かの呆然とした呟きに、他の男が呼応する。


「そうだ、食事には魔力封じの薬を入れたはずだ! これだけ食っておいて……まさか、偽の薬をつかまされたのか!?」


「いーや? ちゃーんと入ってましたよー。おかげでちょい舌がピリッとしたけど、それはそれでアクセントってやつっすね」


「あの程度でわたくし達の魔力を封じるだなんて、見くびられたものですわね」


(マーティが言っていた"毒に耐性がある"って、もしかして、この食事のことを揶揄してたの?)


 だからリアンレイヴもマーティも、食事には手をつけていなかったの?

 アッシュがあれだけ頬張っていてもなんともないくらいだから、マーティの言葉に嘘はないのだろうけれど。


(リアンレイヴは"毒入り"だとわかっていて、私に身体を貸そうとしていたの?)


 私に食事の楽しみを与えるために。

 私が口にするのなら、喜んで"毒"も飲むと。


「それで、村長」


 リアンレイヴの視線をうけた村長の頬が「あ……」と強張る。

 枝木に拘束された村人たちも声を発せずにいる最中、リアンレイヴは場違いなほど穏やかに、


「子供たちはどこにいるのでしょう。若い女性も、彼らと一緒ですかね」


「!」


(気付いていたの)


 私が気にかけていた違和感のもう一つ。

 それが、村に子供の姿がまったくないこと。

 遊びに出ているのかとも思ったけれど、注意深く音を拾っても赤子の鳴き声ひとつ聞こえはしなかった。


 実際に村の全てを見て回ったわけではないから、ただ気が付かなかっただけか、そもそも赤子がいない可能性も考えたけれど。

 食事の給仕をする女性の中に"若い女"がひとりもいなかったから、おそらくは、意図的に隠されているのだと考えた。


(まあ、私はこれまでの"皇帝"を知っているから、おおよその理由は見当がつくけれど)


「――お、お前なんかに、教えるわけがねえだろ!」


「そうだ! 血も涙もない化け物に大切な子供たちを渡せるか!!」


「……どうやら"前皇帝"と、特別な事情でもおありのようですね」


「………っ! 我らが最も尊き太陽、リアンレイヴ・バルロ皇帝陛下」


 村長は頭を地に擦り付けん勢いで下げ、


「我が村では五年ほど前から作物の収穫量が下がる一方です……! 村の者の食事を減らし、なんとか献上を続けておりましたが、とうとう小作料にも届かぬほどとなってしまいました……っ! どうか、どうか小作料の減額をお願いしたく……!」

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