第3話 あなたの

「―――最近、千冬なんか楽しそうだよね~。」


それは予期せぬ言葉だった。


「…………え?」


二人、並んで歩く枯れ木道。

灰色になった落ち葉を踏みしめ、続く一本道を進んでいく。


吹き抜ける寒風が肌を刺激し、身震いを起こすような11月の下旬。


私の隣を歩いていた友人の【渕宮 美咲】は、私の顔を覗き込むや否や、突如冒頭のセリフを吐いたわけだ。


「…………そう?」


「うん。なんか愛想?が良くなったというか、よく笑うようになったというか、人間みたいになったというか……」


「私は今まで美咲に何だと思われてたの……」


「…………愛を知らない悲しいモンスター?」


「失礼にもほどがあるわ。」


冗談だって~、と笑う美咲を視界の隅に、私は大きくため息を吐く。


二か月ほど前、まだこの辺りも紅葉が舞っていた頃、白雲くんに告白したこの子は酷いフラれ方をした。


当時の私は、美咲はこのことを結構引きずるだろうなと思っていたのだけど、案外そんなことはなく、翌朝にはケロッとした表情で私の前に現れたのを覚えている。


彼女曰く『一晩泣いたらスッキリした。』とのことだったが、あそこまでこっぴどく拒絶されたものだから、自分には一切の可能性は無いのだと自覚して変に冷静になり、諦めがついたらしい。


……まぁ、元々そこまでの繋がりもなかったからという理由も大きいだろうけど。


ともかく、白雲くん関係で美咲がそこまでダメージを負ってないようで私は安堵したものだ。


……とは言いつつも、白雲くん関係でいうと今は別の問題があるけど。


隣の美咲に勘取られないように再度ため息を零す。


ちょうど一ヵ月前からだろうか。


今まではただ一方的に私に話しかけてきていただけの白雲くんが、私のことを探るように、私の意見や考えを度々聞いてくるようになったのは。


『探る』という言い方は何か裏があるように聞こえてしまうが、実際、正直に言って私は白雲くんが少し怖い。

底が見えないというか、飄々としていて掴めないというか、結局は何を考えているのか分からない。


いつ見ても表情は笑みを浮かべているのに、それが何故か妙に貼り付けられたもののように感じてしまうのだ。


どこからが本当で、どこまでが嘘なのか。


全部本心なのか、それとも全部――――


「…………千冬?」


「……え、あっごめん。なんだっけ?」


「いや、今から行こうとしてる喫茶店の話だけど……今日はもしかして疲れてる?」


だからだろうか、気付けばいつも彼のことを考えてしまう。

心ここにあらずな状態になるほどに、頭の中が彼のことで埋め尽くされてしまう。


「ごめんごめん、ただ考え事してただけ。」


心配には及ばない、と私は美咲に笑みを返す。


「そっか、それなら良いんだけどね。」


すると美咲は安心したように微笑むと、またいつものように一人で話し始めるのだ。


……ダメダメ、もうこれ以上白雲くんのこと考えるの無し。


今はせっかく美咲といるのだから、気を楽にしないと。


今現在はお昼の時間。


今日の講義の必修科目は午前中だけだったので、お昼ご飯は美咲のお気に入りの喫茶店で食べることになった。

なんでも、路地の端っこの方にひっそりと位置する喫茶店らしいのだが、これがどうしてなかなか繁盛しているらしく、気になって入店した美咲が絶賛するほど。


風情がどうだとか雰囲気がどうだとかそれらしいことを述べている美咲のことは置いといて、私自身も少し気になったので行ってみることにしたのだ。


……それに、喫茶店なんてもうずっと行ってないんだし。


最後に、紅茶を嗜めるようなお店に行ったのはいつのことだろうか。


昔はよく家族で外食をして、楽しい時間を過ごしたものだ。


みんな笑顔でなんの憂慮もない、ただただ当たり前のようで、何よりも尊い時間の中に生きていた。
































































そう、





























































「…………。」


……あぁ、またこんなことを考えている。


気を楽にしようって思ったばかりなのに。


「…………。」



―――運命というものは残酷だ。



『時間』は誰もが平等に与えられ、誰もが同じように消費していくのに。


その果てに結ばれるものは、決して同じものにはなり得ない。


皆、無意識のうちに導かれ、盲目のままに従って。


神様が飽きたらそれで終わり。


運命に轢き殺される。


……そんなのあんまりだ。


重ねた善行も積み上げてきた優しさも、無駄になるのは結局、神様のさじ加減一つだなんて。


そんなの、あまりにも


……そうは思わない?























































…………お姉ちゃん。










































































やがて、私たちは例の喫茶店にやってきた。


外装はあまり洒落たものではなく、非常にシンプルで落ち着いた雰囲気がある。


……少し意外だった。


美咲はもっと、キャピキャピしているカフェとかの方が好みだと思っていたから。


「つまり、私みたいなお馬鹿キャラには似合わないと言いたいわけだ。」


「……私は何も言ってないでしょ。」


ぷくーっと不満げに頬を膨らませる美咲を尻目に、私はお店の扉を開いて中に入店した。


「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」


「あっ、二名で。」


「二名様ですね。かしこまりました。」


入店してすぐ、一人の若い女性従業員が私たちを席まで案内してくれる。


……綺麗な子だな。


歳も同じくらいだろうか。

佇まいも綺麗だし、丁寧で美しい。


『麗しい』という言葉がここまで当てはまる人はなかなか見たことがないので、素直にその所作に私は見惚れてしまっていた。


「やっぱり、ちょっと人が多いね。」


そんな中、美咲が耳打ちするように私に向けてそう呟く。


……確かに、美咲の話には聞いていたけど、こんなにも道の奥にある喫茶店なのに、人が沢山いるのは珍しい気がする。


私たちを含めれば、店内に居るのはだいたい二十人の八組くらい。

しかも年齢層もバラバラで、八組のうちの半分ほどは比較的若い年齢の人みたいだ。


外から見るとあまり大きそうに見えなかったのに、実際は二十坪ほどの広さが確保されたお店で、内装は外でも感じたように落ちついた印象のレトロな雰囲気を抱かせる。

深色を塗った剥き出しの赤レンガ柱の脇、壁に掛けられてある風景画は全て、夕焼けの街を映したものが額縁に納められていた。

これは店長の趣味なのだろうか。


「ご注文が決まりましたら、お呼びくださいませ。」


席に着き、メニュー表を私と美咲に手渡した後、ぺこりと一礼してあの従業員の子は去っていく。


「あの子、前もいたけど可愛いよね~。」


と、去り行く背中を見つめながらおっさんくさいコメントを零す美咲のことは無視し、私はメニュー表と睨めっこ。


……なるほど、パンケーキやプリンなどの甘いものだけではなく、オムライスやハンバーグなどの主食も種類が充実している。


『喫茶店と言えばコレ!』という定番のメニューが多く、豊富な量の書かれたメニュー表に目を通しつつ、それでも私は首を傾げた。


……でもなんで平日の真昼間にこんなに人がいるんだろう?変わった料理があるとかそういうのでも無さそうだし。


くどいようだが、この店の場所はかなり入り組んだ道の奥にある。


普通に歩いていても辿り着くかどうか分からないこんな場所に、何故これだけの人が集まるのか、それが疑問でならないのだ。


……そもそも、どうやって美咲がこんな場所まで辿り着けたのかも分からないし。


じーっと美咲の方へと視線を移すが、当の本人はお気楽に鼻歌を奏で、手に持つ表を読み漁っている。


……まぁ、別にいっか。


というか、そこまで気にすることでもないだろう。

ここで出される料理がどれも絶品級で、リピーターの人が多いんだなと勝手に理由をつけておく。


私は再びメニュー表へと目を落とし、やがて次に面を上げたその時には、美咲も注文するものを選び終わっていた。


「すみませーん。」


そう声を上げて店員さんを呼ぶ。


そういえば、あの女の子以外の従業員の姿が見当たらないが、他の人は厨房で作業でもしているのだろうか。

客の数がこれだけいるのだから、流石にホールにもう一人くらい人手が居ても良いのではないかと思うけど。


そんなことを考えていると、厨房の奥から人の影が現れた。


見たところ先程の女の子ではない。


「―――あっ!キタっ!」


するとその瞬間、私たちとは向かい側のテーブル席、数人で座っている女の子たちの中の一人が、押し殺した声でそう叫んだ。


それはまるで、推しのアイドルが目の前に現れるその時を待ち望んでいたかのような、黄色の混じった悲鳴。


スマホを取り出し、アプリのカメラを起動し始める子もいる。


そんな光景を目の前で見せられると、自然と視線はそのカメラの向く先へと釣られるわけで……



――――――え?



そこで初めに疑ったのは、私自身の目だった。


……やけに白いな。


というのが初めに抱いた印象で、一瞬、視界の端に映っただけだったから気にもしていなかった。


……いや、だってほら、最近は毎日毎日ずっと白いヤツに付き纏わられていたのだから、疲労が溜まって目が疲れているのかもしれないと思ったのだ。


―――そう、に。


「――――――。」


それは、今年見た初めての雪色。

あの珍しい髪の色が、記憶の中に鮮明に焼き付いている。


―――そう、ちょうど『彼』のような白銀。


目のあった全てを惹き込んでしまうような青く澄んだその瞳は、どこまでも果てしなく。


―――そして、遠い。


「……あっ。」


美咲が動きを止める。

私は固まって、その姿から目が離せなくなる。


近くの歓声を直に浴び、苦笑を浮かべつつも、優男のように振る舞う姿勢。

けれど足取りは確かに、然として真っ直ぐに、私たちの方へと向けられている。


近付く足音と、揺れる空気が―――その距離を縮めていく。


…………どうして、こんなところに……


胸中で、思わず呟く。


見覚えのある……いや、見覚えしかないその顔は間違いなく『彼』。


喫茶店の制服らしき黒ベストをキッチリ着こなし、メモ用紙とペンを片手に私の目の前に立つ。


「―――大変お待たせ致しましたお客様。ご注文がお決まりでしょうか?」


……それは【白雲 正揮】その人だった。

















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識る ぬヌ @bain657

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