episode4.2

 木々がわななき、不穏な音を奏でる。収納庫から身を乗り出し、外の景色を眺める二人にとって、今までに経験したことのない暴風雨が眼前を襲う。




「……行きましょう」


「ルミナ!?いくらなんでもこの暴風雨だ!今行くには無理がある!」




 かつてないほど険しくなったルミナの顔を覗き、必死に止めようとするクレス。しかしルミナの覚悟は止められない。




「みんなが……待っているんです。私が前を歩きます。クレスも、お願いします」


「~っ!!分かった!でも無理だと思ったらすぐに歩くのを止める!良いな!?」


「……ありがとうございます」




 こうして、激しい雨と風をその身に受けながら歩くことになった。


収納庫から出ると、洗礼のように風が強まる。それに呼応するかのように木々のざわめきが増す。


既に常人が歩いていけるほどの天気では無かったが、ルミナが風除けとなることで、クレスはなんとか歩くことが出来た。


 近くの川では恐ろしい音と凄まじいスピードで下っていく水達。枝と木の葉が繚乱し、まさに混沌とした状態である。


山を登り、時に下る。この行動を何回も何回も繰り返して進んだ。雨に打たれ、風に吹かれ、それでも歩みを止めることのない二人。


 ゆっくりと、しかし着実に目的の場所まで近づいてきていた、その時——




 山上から大地の震える音がし、二人を土砂が襲った。













          ☆













 鬼気迫るように、何かに駆られるように、あの暴風雨の中を歩いた。どうして?


……人間と争う彼女達に、何が出来るのか。人間が弱くも、脆くとも、この荒廃した世界で生き続けている理由。どうして?


……私は、博士に作られた人工生命体アンドロイド、METSIS。そのオリジナル。


その宿命を背負いながら、なりたい私はなんだったのでしょう。博士が私に願ったもの。それは一体——




"……発見。……します"




 土砂に巻き込まれて、意識を失っていた私は、意識が途切れる寸前に、その言葉をおぼろげながらも、微かに聞いた。


言葉を発していたのは、アンドロイドだった。















         ◎◎◎













「……っ!!ここ、は……?」


「お目覚めですか?」


「……あなたは……?」




 ルミナはあるベットの上に寝かされていた。見知らぬ空間、そして見知らぬ女性。状況の掴めていないルミナはただ、戸惑うことしかできなかった。




「……あなたを土砂から発見した時、驚き戸惑いました。アンドロイド、METSISであること以上に……"私に似ている"、ということが」


「えっ……——っ!!あなたは、もしかして……」




 ルミナが改めて女性の顔を見ると、ルミナと瓜二つと言っても過言ではない容姿があった。


ルミナはその顔に疑問を抱きつつ、一つの答えに辿り着いた。が、女性もそのことを考えていたのだろう。その答えについて話始めた。




「あなたを作った、スタリング・メルトウェル。その実の娘であり、あなたのモデルとなった、"イルミナ・メルトウェル"は、私です。ルミナ」


「……どうして、私の名前を——」




 そう言いかけると、奥の扉が勢いよく開き、ある男性がルミナの元へと駆け寄った。




「ルミナ!良かった、目が覚めたか!!」


「クレス!無事で、何よりです……!!」


「……彼から聞きました。そして、あそこで何をしていたのかも」




 そう言うと、しばらく間を置いてから再び口を開く。




「"アルシス"の技術を彼に……サザンクロスに提供したのは、私だ。そもそもアレを作ったのは、私だからね」


「でも何故彼に……?」


「ある時、私の集落にいるMETSISが面白い情報を持ってきてね……ある預言者が居る、と。それで彼を少しばかり調べさせてもらった。まさか、あの忌々しい父親が実験の過程で作り出した、自身のクローンの子孫だった時は、思わず過去を呪ったね」


「クローン……だからサザンクロスは、自身を子孫だと……」


「理由としてはそれが大きい。あの父親の子孫であり、預言者ときた。……血には、抗えないみたいでね」


「……あなたは人間のはず、ですよね?どうして今まで生きているのでしょうか?」


「そうだったね……そこの話もしなくてはね。私の身に何が起こったのかを……」













          ✴︎













 本当に突然の出来事だった。


峠道をバイクで走っている時、いきなり車にぶつかられた。本当に、あの時は死ぬかと思った。


途切れゆく意識の中で、バイクとともに峠から落ちてゆく景色が見えた。


……意識を取り戻すと、ある集落のベットに寝かされていた。


どうやら集落の外れにある山林で獣を狩っている時に意識を失った状態で発見されたらしい。それでこの集落に運ばれたのだとか。


幸い、記憶を失ったわけでもないし、捜索されているようだが素性を明かさなければ"私"、と集落の人々にもバレるはずもなく、あの"家族として終わった家"に帰らなくても良くなった。




 顔に残った、酷く焼け爛れた跡と、母さんが綺麗だと言ってくれた翡翠色の髪、そして両脚を代償として。




 その後車椅子生活を余儀なくされたが、残った両腕で集落の人々と協力して過ごすことになった。


集落の人々は温かく、崩壊家庭で過ごし荒んでいた私の心を、ゆっくりと癒してくれた。数百年経った今でも、彼らの温もりを忘れたことはない。


 やがて年月が経ち、国家間で激しい戦争が勃発した。幸い山奥にある集落だったため、ほとんど被害をうけることは無かった。


集落に住む人間も数人となっていた。私が来た時から、どうやら限界集落だったようで、残った人達も長くて数年、といったところだった。


 そんな時、私は長年考えていたことを実行することにした。


……血には抗えない、とはよく言ったものだ。私はあの忌々しい父親のように、"ある研究"に没頭した。完成する頃には、集落で唯一の人間となってしまった。


……何も成さずには死ねなかった。必死に自分を生かそうとした。そんな醜い感情を呪いながら、私は研究を続けた。


 私はその完成された技術を使い、生きながらえ、数百年という人間にとっては気の遠くなるような年月を超えてきた。というわけさ……。













         ◎◎◎













 イルミナが話を終え、家屋内に沈黙が走る。その空気に耐えかねてか、クレスがイルミナに問いかける。




「あんたの話は、なんとなく理解した……でも一体、どんなカラクリなんだ?まるで不老不死みたいな、そんな御伽話——」


「いや、私はそれを実現したんだ」


「え!?」


「……それがあなたの、イルミナの言う、研究の完成形」




 ああそうだ、とイルミナは言い、そこにさらに付け足す。




「アルシスは知っているだろう?……あの技術は完成体の副産物でしかない。私が作ったのは……"人工代替関節及び万能細胞機能"《アルケー》、というものだ」

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