episode0.3

「博士、ついに人工肝臓完成しましたね!今回は長い時間が掛かりましたが、世界中の人々から望まれていた結果になったように思います。今後の予定を聞かせてもらってもよろしいですか!」




 世界中が待ち望んだ、結果。


 私は、いったい——




「……今後の予定は未定です。決まり次第また会見を開きます」




 世界中からの称賛よりも、私は。


 私は、家族との時間を大事にしなければならなかったのだ。













        ◎◎◎


 














 気づけばスタリングは一人になっていた。久しぶりに帰った家はもぬけの殻だった。


妻であるアスターと娘であるイルミナは家から出ていった。離婚届をみんなで食卓を囲んでいた場所に残して。


 離婚のことについては世間から大きく注目され、デマや憶測が広がったが終始沈黙を貫いていたため、知らず知らずのうちにそうした話題は無くなっていった。


 離婚後に何回か娘と会う機会が設けられた。正直合わせる顔が無かったスタリングだったが、やはり娘を見たい。話をしたい、という気持ちが勝ち、その場に赴いた。













        ◎◎◎














 顔立ちが変わりつつも、当時見た"記憶の底のイルミナ"にあったあどけなさが残っていた。


 変わらない碧髪と色素の薄い灰の目。そこに妻に似た大人っぽさが乗り、可愛らしいという言葉よりも、美人と称した方が良いだろう雰囲気を醸し出していた。


 スタリングを見て、近づき、そして——




 ビタンッ!!




 一撃。彼の頬をビンタした。




 スタリングは驚きつつも、されて当然だというような表情、感情でいた。


 そして娘であるはずのイルミナは、まるで親の仇を見るような目で彼を見ながら言った。




「アンタ……なにノコノコ来てんだよ!!来るんじゃねぇよ!家族はどうでもいいんだろっ!!」


「……っ、そんなことは——「そんなことない??ははっ、笑わせんなよ。アンタ、私いまいくつだと思ってんの?」……、すまない」


「すまない、ね。……ホント、笑っちゃうね!思ってもないこと言うなよ。アンタは家族が大事なんじゃない。自分のプライド守ることに必死で。……結局世間の評価が大事なんじゃないの?」




 返す言葉に詰まるスタリング。そこに突き放すように追い討ちをかけるイルミナ。




「私、もう二度と、アンタとは会いたくないから」




 イルミナはそう言うと、面会場所であった個人ブースを立ち去り、部屋にはスタリングただ一人となってしまった。













        ◎◎◎














 妻と娘が出ていってから2年半。スタリングは科学者として名を残しつつも、研究や開発を全くしなくなり、毎日自宅に籠るようになってしまった。




「はぁ……」




 何もせず、ただダラダラとする日々を過ごしていたある日。一本の電話が掛かってくる。













        ◎◎◎
















「スタリングッ!イルミナが……!」


「アスター落ち着け!まだどうなったか分からないだろうっ!」


「でも!……でもっ!」


「知り合いの記者や警察にも連絡をする!分かり次第連絡するからな」




ピーーー




「どう、して……なぜなんだ……何故、イルミナなんだっ!くそ!」




 イルミナ・メルトウェル17歳。トワレ国山間部にてバイクの運転中、50代男性が運転する車と接触。そのまま崖からバイクごと落ち消息不明。捜索隊が200名で発足、捜索活動が続けられたが彼女の姿又は遺体の発見に至らず、唯一彼女が乗っていたバイクが大破した状態で見つかっただけだった。


 接触を起こした50代男性を逮捕。取り調べによると、彼は元科学者だったがスタリングの登場により自身の研究が水の泡となり失職。イルミナがスタリングの娘であることは分かっていたため、スタリングへの復讐の念を込めて行ったそうだ。無計画であったが、離婚騒動や噂等でイルミナの顔を知っていたため実行に移したのだ。


 スタリングは出来る限りのことをした。しかし、娘を発見することは叶わなかった。


 こうして、スタリングは家族を失っていった。多くの後悔を抱え、耐えきれなくなった彼はプライドを完全に砕かれ、温厚であった性格は卑屈で疑り深い性格に豹変してしまったのだ。













        ◎◎◎















 そんな失意の日々に、転機が訪れる。


 それこそ、METSIS開発への誘いであった。


長い間科学者の鳴りを潜めていたと言えども、誰もが認める天才であり実績があった。そのため声が掛かったのだ。


 最初の内、彼は拒否していた。家族を壊し、娘を失い、自分を信じられなくなっていった原因が、この研究開発の日々にあると思っていたからだ。


しかし、彼の生粋の好奇心はそんな考えを覆すほどに煮えたぎっていた。


 いつの間にか了承し、研究開発に関わっていくうちに、一つの希望を見ることになった。今はもういない娘を。あの目に見えていた時代の彼女を。




 "人工生命体アンドロイドMETSISによって、蘇らせることが出来るのではないか"、と。




 希望、ではなく願望である。既にスタリング・メルトウェルは正気では無かった。




 やがて研究開発の雲行きが怪しくなり、結果的に禁止の措置が取られたMETSIS開発。しかし、スタリングは諦めるどころか、自宅に研究開発室を作り始めた。




 もう一度、娘と話す為に。















 彼がMETSIS開発を始めて実に14年の歳月が経った、ある日のこと——。



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