君とヒーロー

七山

第1話 初恋と高校生

切っ掛けは単純だった。


『何やってんだー?』


英雄ひでおは入ってきた。

クラスの女の子たちに囲まれている私を見て、純粋な目で主犯の子に聞いた。


その時私はまた増えたと思った。

しかも次は男の子。

きっと暴力を振るわれるんだ、と。

それでもぶっきらぼうに振舞った。

ここで怯えたら負けてしまうと思ったから。


『こいつが○○○の好きな男子とったの。有り得なくない?!日本人でもないくせに何よほんと!』


嫌味とともにそう説明した。

その時、私は睨みつけるように英雄の目を見た。殴られるだろうなと思いながらも、涙が零れないように必死に我慢して。


でも違った。


『───なんだそれ』


とても、冷たい声だった。

周りは急に黙った。

恐る恐る顔を上げると、英雄は私の前に背中を向けて立っていた。


『めっちゃ笑ってたからどんなおもろいことかと思ったけど、全然面白くねー。てゆーか嫉妬すんなよだせーな。このブス共が』


背中しか見えなかった。

だから英雄の顔は覗けなかった。

ただ、今なら何となくわかる。その顔はとても怖かったんだろうなと。


声が大きく、いつも笑ってる。

少し口が悪くて、優しさが見えにくい。

そんな男の子に私は恋をした。


◇◇◇


「おっすリナ、今日もおせーな」


「あんたも、同じでしょ!てゆーか話しかけないで体力もってかれる」


始業の時間は8時55分。

今の時間は8時52分、残り三分だ。

私たち二人はいつもこの時間帯、校門前の長い上り坂を全力疾走で走っている。


「そんじゃ、先いくぜ」


英雄はこの急な下り坂を毎度同じように私よりも数段早く進んでいく。私も負けじと走るけど、追いつくどころか距離はどんどん離れていく。


「おーいお前ら!毎度毎度ギリギリに来てんじゃねぇ!!」


この高校は昔から変わらず始業の時間になると正門を閉める。数秒でも遅れると学校のインターホンを押して、職員室にいる教師に門を開けてもらわなきゃいけない。


「おっす平戸さん!おれは余裕だぜ?」


「バカタレ!残り一分のどこが余裕に見えるんだ!それと先生と呼べ先生と!」


私がバテバテの時、二人は少し前で会話をいつもしている。


「おーいリナ!あと30秒だぞ!」


英雄はでかい声でカウントダウンを始めた。

毎度毎度カウントダウンするのが早すぎる。

せめて10秒切ってからにして欲しい…。


「残り20秒!」


英雄がそう叫ぶと、平戸先生は門に手をかけて閉め始める。私は最後の力を振り絞って足をフル回転させた。


「12!11!10!ゴール!」


私は女子らしくもなく正門を突破して地面にうつ伏せで寝転がる。冬だと言うのに汗は溢れて、英雄は手で私を仰いでいる。


「相変わらずバカだよなおまえ。なんでこんな疲れてまでギリギリにくんだよ」


うつ伏せ状態の私に何の躊躇いもなく喋りかけてくる。


「仕方ない、でしょ、起きれないんだから。あともうちょっと、あとで喋って」


はぁ、はぁ、と私は息を切らす。

爆笑する英雄の顔と、呆れた平戸先生の顔が見えるはずもないのに見える。


「ほら、お前ら早く教室いけ。門はくぐってるが始業はとっくに始まってんだからな」


そう言い残して平戸先生は下駄箱に向かって歩いていく。毎度の事なのでもう私たちを待とうとはせずに先に職員室に戻ることにしているらしい。


「そろそろ行こーぜ。また赤城あかぎにイチャモンつけられるぜ」


「分かってる…あと10秒まって」


「10、5、0よしいくぞ」


英雄は容赦なく私の腕を引っ張りあげ無理やり立たせる。


「じゃあ教室まで競走な。おれは10秒後にスタートするから」


「無理!」


「ちぇー」


英雄は不服そうな顔をしながら結局ゆっくり歩いて教室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君とヒーロー 七山 @itooushyra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ