シーズン4 春

エピソード28 釧路湿原

 4月。

 長い間、寒さと氷に閉ざされた北の大地に、ようやく遅い春が訪れる。


 とは言っても、彼女たちがいた「道東」は、まだまだ冬のような気配だった。かろうじて春らしさを感じ取れるのは、路面から雪が消えてきたのと、冬ごもりをしていた野生動物が出てきたくらいだった。


 気温は依然として一桁が当たり前。

 防寒着がないと日中でも過ごせない。


 それが当たり前の北海道の冬にも慣れてきた彼女たち。


 根室からは霧多布きりたっぷ岬、厚岸あっけし町を経由し、釧路くしろ市に入る。

 すでに忘れかけていたが、一応、船がないか、人がいないか確認するためだ。


 釧路を代表する橋、幣舞ぬさまい橋を渡り、釧路港に行くが、やはり現状はどこも変わっていなかった。


 人気がない、寂しい「死んだ港」だけが、時間が止まったように横たわっていた。


 しかし、腐っても「道東一」を誇る、ここ釧路市だ。

 近隣では一番大きな街だから、という理由で彼女たちは、食糧を求めてさまよった。


 もちろん、美宇が目標の一つとしていた「自動食糧生産工場」はここにもなかったが。


 代わりに、あったのは。

「缶詰工場だ!」

 翼が狂喜していた。


 北海道は、どこも魚介類の漁獲量が豊富だが、ここ釧路では、サケ・スケトウダラ・マダラ・シシャモ・コンブ・サンマ・イワシ・サバ・ワカサギなどなど様々な魚介類が獲れる。


 そして、それらを缶詰として加工する工場が点在するのだ。


 それを目ざとくみつけた翼が、美宇に無断で、バイクを走らせ、工場内に侵入。


 もちろん、無人の工場のベルトコンベアーは止まっていたが。

 生きていたのは大量の「缶詰」だった。


 もちろん、上記のような様々な種類の缶詰が出荷前の状態で並んでいたし、元々缶詰は、賞味期限が非常に長い。


「これで、しばらく食糧の心配はないね!」

 と、翼は大喜びで、各種の缶詰をかき集めて、袋に入れていたが。


「しかし、毎日、缶詰ってのも飽きるんじゃないか」

 美宇は呆れたように嘆息していた。


 ここで缶詰を思う存分、入手した彼女たちは、内陸にバイクを走らせる。


 4月の平均気温が、一桁の釧路。ここには、やたらとその「看板」が目に付き、翼が行きたがったからだ。


「釧路湿原ってところに行ってみたい」

 記憶を奪われている翼は、その知識がなかったが、本能的に惹かれたらしい。


「まあ、いいだろう」

 美宇も頷き、向かうことになった。


 そして、そのあまりにも広大で、雄大な姿に、彼女たちは心を奪われるのだった。


 釧路湿原。

 面積は約2万6000haで、このうち中心部の7863haがラムサール条約登録湿地と言われている。釧路湿原国立公園としての区域は2万8788ha。


 つまり、「とんでもない広さ」の湿原だ。


「すっごい。見渡す限りの大自然!」

 と、翼は感動していたが。


 美宇は、道民として、知識として知っていたからか、

「ずっと缶詰は飽きる。やっぱり釣りをしよう」

 と提案していた。


 現実の世界では「ラムサール条約」により、釣りなどもってのほかの釧路湿原。


 しかし、この世界では、すでに秩序が崩壊している。

 彼女たちは、のんびりと釣りをすることになった。


 ここ釧路湿原に生息する魚たちは、様々で、イトウ、オオサンショウウオ、 ヤチウグイ、エゾアマガエルなどが有名だ。


 さすがにカエルを食べる気にはなれなかった彼女たちだったが、それから数日間、日がな一日、釣りに明け暮れることになる。


 ここは、まさに「自然の宝庫」で、キタキツネはもちろん、タンチョウ、エゾシカ、オジロワシなど様々な動物が生息しているが、幸いなことにヒグマはあまりいない。


 つまり、彼女たちにとって、都合が良かった。

 おまけに、あの山原の指示と思われる襲撃も、あれからなく、追跡してくる気配もなかった。


 外敵がいない状態で、少しずつ春に向かって行く、釧路湿原でキャンプをしながら、食糧を調達する毎日。


 もっとも、冷蔵庫などもちろんないので、獲った物はその場で調理してすぐに食べないと腐ってしまうが。


 しばらくはここで釣りと、生きた魚を満喫した彼女たち。


 気が付けば5月になっていた。

「そろそろ行こう。暖かくなってきたし、ツーリングシーズンだろ。お前も走りたいだろ?」

「うん。そうだね。さすがにこれだけ釣りしたら、飽きてきた」

 もはや当初の目的を忘れかけるくらい時間が経った頃、彼女たちはようやく釧路湿原から旅立つことにした。


 その先に待っていたのは、さらなる絶景だった。

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