エピソード23 山原
博物館網走監獄で、突如、声をかけられた美宇と翼の2人。
よく見ると、男は腰に拳銃らしきものをぶら下げていた。
さすがに、武装している相手に、逆らうつもりはない美宇は、目ざとく目的を話すことにした。
札幌の教会の地下に閉じ込めれていたこと、地震によってそこから脱出し、道内を周りながら、本州に渡る手段を探していること、そしてキャンプをしながら、食料を求めていること。
ちょうど、そろそろ手持ちの食糧が心もとなくなる頃合いだった。
空腹で、今にもベルコンベアーにかじりつきそうな勢いの、翼を抑えて美宇は丁寧に説明をした。
すると男は、
「事情はわかった。この非常時だ。気持ちはわかるから、3日分くらいの食糧なら取ってもいい」
そう言ったので、翼は早くもベルトコンベアーに飛びつくようにして、食料をかき集め始めた。
(食いしん坊め)
と思いつつ、美宇は冷静に男と対峙する。
「あの。申し遅れました。私は美宇、こっちは翼です」
「山原だ」
山原と名乗るその男は、どこか不思議な雰囲気のある男だった。
まず、左手に指輪がないこと、そしてどこか所帯じみた感じがしないことから、独身と思われた。
それに厳格な雰囲気を漂わせており、警棒を手放さず、まだ二人にも警戒心を解いていない。
とりあえず美宇は聞いてみた。
「あの。あなたはここで何を?」
すると、山原は、少し困惑したような表情になり、おもむろに語り出した。
「話せば長くなるが……」
前置きしてから、彼が語り出した「真実」は、美宇を驚愕させるのだった。
今から1年ほど前。
大陸の某共産圏の国家が、北海道に「侵攻」を開始したという。
自衛隊は果敢に立ち向かったが、物量に押され、各地で敗退を重ねた。頼みと綱のはずの「米軍」は、本国で内乱が発生したため、それどころではなかった。
つまり、相手はそれを見越して攻めてきたのだ。
そして、北海道は政府に「見捨てられた」と言う。
ちなみにこの山原という男は、元々、網走刑務所に勤める刑務官だという。早い話が、「囚人を見る役」だったわけだ。
「見捨てられた、とはどういうことですか?」
「そのままの意味だ。政府によって、一斉に『北海道から逃げろ』と指示が下った。平和ボケして、戦う意志もない我が国の国民は一斉に逃げ出した」
「しかし……」
そうは言われても、美宇には納得ができないことがあった。
つまり、元々、土着として住んでいた住民は、そう簡単には故郷を離れないだろうし、病気やケガで動けない人たちもいるはずだ。
それなのに、この徹底した「廃墟」っぷりは何だろう、と。いくら隣国が攻めてきたとしても、あまりにも人がいなさすぎる。
第一、それなら、「攻めてきた側」の兵士がいないのに、説明がつかない。話が矛盾している。
だが、
「残念だが、私もそこまでは知らん」
「何故ですか?」
「記憶がな……」
その時点で、賢い美宇は察した。
つまり、
(この男も記憶を操作された口か)
ということだ。
男の記憶の中では、かろうじて「戦争があった」ことは記憶されているらしいが、詳しく聞いても、「何故戦争が起こったのか」についても、「何故、住民がほとんどいなくなったのか」についても、もちろん「何故敵国の兵士すらいないのか」、についても詳しい答えを持ち合わせていなかった。
それ以上、追求することの「愚」を悟った美宇は、翼に、
「あまりたくさん持ち出すなよ。バイクに入らなくなる」
と苦言を呈したが、彼女は聞いているのか、いないのか、
「はいはい。わかったよ」
と言いつつ、どんどんおにぎりやパンをかっぱらって、袋に入れていた。
(やれやれ)
と思いつつも、美宇は山原に目を向ける。
思い出したのだ。
「そう言えば、道内に自動食糧生産工場があると聞きましたが、ここがそうですか?」
「いや」
山原は首を振った。
「ここは元々、刑務所だ。つまり囚人に食糧を作らせていた」
「では、何故今は、自動になってるんですか?」
「簡単なことだ。囚人自体が本州に移送されて、いなくなったからだ。その後、元々あったベルトコンベアーだけが動いている」
ひとまず事情はわかったが、よくわからないのが、人がいないのに、ここで食糧を生産する必要があるのだろうか、ということだ。
それを聞く前に、山原は先を読んで、小声で答えた。
「大きな声では言えんが、北海道に攻めてきた連中のための、食糧なんだそうだ。何、構いやしないさ。今はどこにもいないんだ。侵略者にくれてやるより、同じ日本人に渡した方がいい」
「ありがとうございます」
こうして、彼女たちは当面の食糧を入手した。
しかも、ベルトコンベアーで運ばれてきたのは、割と新鮮で、賞味期限切れ前の食糧だった。
「自動食糧生産工場がどこにあるか、ご存じですか?」
河北に聞いたのと同じ質問をする。
「いや」
山原は首を振った。
(またも情報なしか)
今さらながら、この「記憶の操作」というのが恨めしく思う美宇だった。恐らく、この山原も記憶を操作されているから、仮に「知っていた」としても、もはや意味をなさない。
彼女たちは、山原に礼を述べて、この網走刑務所を去ることになった。
しかし、去って行くバイクに向かって、山原はじっと目を向けていた。
そして、手元にあった携帯電話を手に取る。
「山原です」
電話先の男に、丁寧な口調で、しかし断定的に、低い声で告げていた。
「二人組の女です。ええ。自動食糧生産工場を狙ってます。行き先? それはわかりません」
電話先の男に何かを言われたのか、山原の表情が強張った。
「わかりました。引き続き監視を続けます」
山原が電話を切った。
2人は、雪が降る中、網走から離れて行った。北海道の長い冬はまだ続く。
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