エピソード20 バイクステーション

 バイクステーション。


 その謎の場所は、いわゆるライダーハウスに近い、宿泊施設だった。


 大きな部屋はなかったが、中には自販機やコインランドリーがあり、小さな部屋には二段ベッドが置かれてあり、とりあえず吹雪を凌ぐことは出来るようだった。


 幸い、建物は荒れてはいなかった。


 そこで、野上と過ごすことになるのか、と内心、警戒心を解いていなかった美宇だったが、その野上が意外なことを告げて、翼を喜ばせることになる。


「ここは、かつて内地から来た大勢のライダーたちが泊まる、専用の宿泊施設でね。すごいことに、バイク用のメンテナンス道具なんかも揃ってる」


「本当ですか? じゃあ、オイル交換もできそうですね!」

 喜び、目を輝かせる翼に、野上は、


「ああ。晴れてからやるといい」

 とだけ告げて、すぐに車に乗り込もうとする。


「どこに行くんですか?」

 と尋ねる美宇に、彼は微笑して、


「君たちみたいな若い女の子二人に、むさい男がいてもなんだからね。僕は稚内市街のホテルに行くよ」

 と告げていた。


「ありがとうございます」

 丁寧にお礼を述べ、頭を下げる美宇に、彼は何かを思い出したかのように、、ぶら下げていたバッグから、小さなカメラを取り出して、彼女の前に差し出した。


「あげるよ」

「えっ。でも、申し訳ないです」


「大丈夫。僕にはこの一眼レフがあるから。これは予備みたいなものさ」

「でも……」


 尚も渋る美宇の手に、強引にデジカメを押しつけるようにして載せた野上は、

「カメラはいいよ。この北海道は被写体として非常に魅力的だ。自由に撮ればいい」

 とだけ言い残して、颯爽と去って行った。


 残された美宇は、

「見せて見せてー」

 とせがむ翼に、カメラを奪われていた。


「おおー。すごいね」

 翼が電源スイッチを入れる。


 小さな手のひらサイズの、そのデジカメは比較的新しい物のように思えた。しかもご大層に、野上はUSBケーブルまで渡してきた。


「充電できないのに……」

 と嘆く美宇だったが、翼は満面の笑みを浮かべて、デジカメ片手に美宇に声をかけていた。


「そんなことないよ、美宇」

「えっ」


「あのおじさん。ここは、バイクステーションって言ってたでしょ。それなら工具があるから、USB電源を繋ぐこともできるかも」

「どういうこと?」


「ん-、つまりね。バイクから給電できるんだよ」

 翼の説明によると、バイク自体が、電源を供給できるバッテリーがあるから、そこにUSBを繋いで給電すれば、デジカメの充電も可能になるという。


「なるほど。便利だね。まあ、どのみちこの吹雪じゃ無理か」

 外の駐車場に立っている彼女たちには、容赦なく猛烈な吹雪が襲いかかってきていた。


 ひとまず、早々にバイクステーションに避難することにした。


 中は、コンテナのような各部屋に二段ベッドが置かれてあり、中央の建物は、憩いの場のようになっており、テーブルと椅子が置かれてあった。


 ひとまずそこで二人でデジカメを操り、操作方法を覚える。基本的な操作自体は簡単で、誰でもシャッターを押すことが出来るし、撮った物は瞬時に保存され、確認も出来る。


 窓の外に広がる、猛烈な吹雪。

 それが最初の被写体になった。


 夜になり、テーブルに食事を広げ、平らげた後、彼女たちは同じ部屋に入り、二段ベッドに寝そべる。


 その日も、美宇は夢を見た。


 その夢とは、この北海道に毎年、夏に全国から集まってくる、大量のライダーたちの姿だった。


 ある物は小さなスクーターで、ある物は大きなバイクに乗り、キャンプ用品を満載して。


 だが、共通していたのは、どの顔も、楽しそうな笑顔に溢れていたことだった。


 この広い北海道の、短い夏を、全力で楽しむ。そんな彼らライダーの顔は、どの顔も充実していた。


 美宇は、翌朝起きて、思うのだった。

(私が見る夢と、この北海道で起きていること。何か関係があるのか?)

 偶然とは思えないくらい、何故か最近見る夢が、北海道に関連していることばかりだった。


 そして、翼はというと。

「見て見て! 晴れた!」

 すっかり吹雪が収まり、太陽を出した空を見上げて、今日も元気よく声を上げていた。


 その日の午前中は、翼はずっとバイクをいじっていた。


 幸い、野上が言ったように、ここは元々、「バイク用の駅」のような役割を持っていたため、そこかしこに整備用の道具が転がっていた。


 そのため、オイル交換を実施し、さらにバイク用のUSB充電器を接続。


 その間、暇潰しに、美宇はずっと写真を撮っていたが、

「美宇。ちょっと来て」

 

「ここにカメラとUSB差して」

 翼に呼ばれてバイクに向かう。彼女は新しく、ハンドルに装着されたUSB充電器のコネクタを指差していた。


 言われたまま、美宇はカメラにUSBケーブルを指して、バイクに装着されたUSB充電器のコネクタに繋ぐ。


 翼がバイクのエンジンをかける。


 カメラの後方にある、給電のランプが黄色く光った。

「おお。やるな、翼」

 珍しく、翼を褒めていた美宇に対し、翼は、


「ランプが緑色になったら、充電完了だね」

 と言い、さらに、


「これでスマホでもあれば、ナビに使えるんだけどなあ」

 と嘆いていた。


「じゃあ、携帯ショップに行くか?」

 と、美宇は提案していたが、


「うーん。それでもいいけど、今のままの不便さも捨てがたいし、他人の携帯を勝手に触るのもなあ」

 と、どうにも煮えきらない態度だった。


「今さらだな。散々、コンビニからパクッてきたくせに」

「それは、美宇もでしょ」

 二人で笑い合う。


 結局、携帯の件は、なんだかんだで後回しというか、議論の外に置かれていた。二人とも、ある程度、この不便さを楽しんでいる節があったし、これまでの旅で、美宇はすっかり「地図」を見ながら旅をする、つまり昔ながらのバイク旅に慣れてしまっている部分もあったからだ。


「次はどこに行くの?」

 昼飯の固形ブロックを食べながら、翼が呟く。


「そうだなー。結局、稚内もダメだったから、次は紋別だな」

「その前に、宗谷岬に行ってもいい?」


「いいけど、その後は個人的に行ってみたい場所がある」

「そっか。まあ、美宇に任せるよ」

 二人の旅は、それまで以上にのんびりした雰囲気になってきており、気ままなバイク旅が続くことになる。

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