エピソード6 料理
そのまま国道230号を真っ直ぐに進むと、間もなく、大きな湖が姿を現す。
丁度、昼時になっていたこともあり、翼が湖畔でバイクを停めた。
「お昼にしよー」
「ああ。そうだな」
美宇も頷き、二人は湖畔で昼食を摂ることになったのだが。
「じゃあ、固形ブロックでも」
と、サイドバッグから取り出そうとしている美宇を、翼が手で制した。
「ちょっと待った」
「ん? なんだよ?」
「どうせなら、何か作ろう」
「料理か? そんなこと出来るのか? そもそも食材は?」
訝しむ美宇に、翼は破顔して答えた。
「大丈夫。コッヘルにバーナーがあるし、こいつがある!」
彼女がサイドバッグから取り出したのは、「袋」だった。
小さな袋で、表には完成予想図の写真が、裏には作り方が載っていた。
「ああ、袋麺か。それならバカのお前でも作れるな」
「バカって言うなー。それに、こういうところで食べる麺は美味しいんだよ」
言いながら、早くも翼は用意を初めていた。
バーナーを取り出し、それにアウトドアショップで入手したガスボンベを繋ぐ。何故かそういう知識は彼女の中にあった。
その上にコッヘルを載せ、美宇には計量カップを渡して、
「水を分量計って入れて」
と指示を出す。
袋麺の裏に書かれてある分量は、水500ミリリットルだった。
その水を、ペットボトルから注ぎ、美宇は翼に渡した。
コッヘルは一つしかなかった。
そのため、翼は一つずつ作ることになり、まずは調理を開始。
と言っても、ただ麺を茹でて、その上に粉末をかけるだけだ。
それでも美宇の豊富な「知識」と「用心深さ」が役に立った。彼女がコンビニで入手するように指示した「ライターとカッター」が役に立ったからだ。
袋を開けるのにカッターが、火をつけるのにライターは必需品だった。
そのお陰もあり、あっさりと袋から取り出し、調理を開始して袋麺は完成し、アウトドアショップで入手した箸を、美宇に渡して、
「出来たー。食べてみて」
「毒見かよ」
文句を言う、美宇に促した。
晴れていたので、湖面がキラキラと輝いていたが、やはり辺りに人気はなかった。
そんな中、美宇が袋麺を口に運ぶ。
「どう?」
「ああ。別に普通だな」
「つまらない答えだね」
「だって、袋麺くらい誰が作ったって、変わらないだろ?」
「まあ、それはそうだね。それより美宇」
「ん?」
食べながら目だけを向ける彼女に、珍しく翼が真剣な表情を浮かべた。
「この世界って何なんだろうね」
「何って?」
「どうして人がいないのか? 何が起こったのか? 気にならない?」
麺を口に運ぶ手を止め、美宇が曇った眼鏡を取った。
手に眼鏡を持ちながら、汁をすすり、彼女は、口を開く。
「お前にしては珍しくまともなことを言い出したな」
「失礼だね」
「まあまあ、それは置いておいて」
再び、汁をすすり、麺をすすった後、美宇は静かに口を開き、空を見上げた。空には少数の鳥と、昆虫らしき生き物が浮かんでいた。
「これは、あくまでも私の推測だが」
前置きをしながら、
「札幌の街を見ただろ? 兵器があって、破壊されていた。つまり、何らかの争いが発生し、住んでいた人が逃げた、と考えるのが妥当だろう」
その答えに対し、翼は思い出すように、頭を巡らせていた。
「あの地下室が、たまに大きく揺れたことがあったよね。遠くで大きな音も鳴ってた」
「ああ。それが砲撃の音だった可能性はある」
「じゃあ、何で戦争をしてたの? そして、何で私たちはあの場所にいたの?」
そこまで聞いて、美宇は右手の箸をコッヘルの上に置いて、右手を挙げて、制した。
「そこまでだ。それ以上、考えても意味はない」
「何で?」
「真相がわからない以上、どこかで情報を入手するしかない」
「そっかー」
能天気な明るい声を上げる翼と、それを見守るように見つめる美宇。
その後、今度は翼が自分用に作った麺を、自分で作り、
「美味しいー!」
と、妙に感動的な声を上げていた。
事実、彼女たちは地下室に捕らえられてから、ほとんど「冷たい」飯しか食べていなかったのだから。
洞爺湖を出発してしばらくすると。
「おーーー! 真っ直ぐだー!」
翼が歓声を上げて、スロットルを急に回し始めた。
クロスカブ110がぐんぐんスピードを上げて、進む。
目の前は、ひたすら真っ直ぐで、地平線が見えていた。
国道37号から国道5号に入った、
道は、まるで「定規で線を引いたように」、真っ直ぐに続いていた。
どこまでも続く直線道路。それが北海道の醍醐味だが、その多くは「道北」、「道東」と言われる、北部、東部に多い。
だが、北海道南部のこの辺りにも、少し走ればこうした道が多い。
道幅が広く、どこまでも続く、大陸的な大きな道。
まさに、そこは「北海道」を体現していたし、幸い道自体が札幌に比べ、荒れていなかった。
おまけに季節は夏。夏の北海道は、冷涼で過ごしやすく、湿度が低い。バイクで走るには最も快適な気候だった。
「あまり飛ばすなよ」
と、美宇に言われるものの、翼は、
「何言ってるの、美宇。こんな気持ちいい道、飛ばさないわけがない!」
まるで聞いていなかった。
彼女は、初めて本州以南から来たライダーのように、北海道の道の「洗礼」を受けて、ひたすらかっ飛ばしていた。
本州以南では決して感じられないような、信号機がない真っ直ぐな道。
その気持ちよさを感じて、アドレナリンが出ている翼と、反対に加速して、恐怖心から翼にしがみついている美宇。
対照的な二人だったが、国道5号をひた走り、函館へと向かっていた。
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