第29話 答え



「むかし、屍鬼ヴェーダがいた」

 首は空咳交じりに言った。

「屍鬼は死体に取りついて、夜な夜な墓場に現れた。墓場に生えた樹の下に、首を吊った死体の姿で現れた。屍鬼はとてつもない力の持ち主で、生半可な人間では相手にならへん。だからこそ、その力を利用できれば大抵のことができる」

 早口に、聞かせる気などないのだろう、ほとんど独り言だ。

「ここに王がいた。武にも智にもたけた勇ましい王は、あるとき修行僧に屍鬼を樹からおろしてつれてくるよう頼まれた。果たして王は引き受けた。恐ろしい死霊や羅刹が徘徊する墓場を、それでも王は顔色ひとつ変えることなく突き進んだ。王は屍鬼を樹からおろし、哀れに思って屍鬼をひと撫でした。屍鬼は笑った。王は屍鬼を背負って歩きはじめた」 

 首はそこで大きく息をついた。溜め息だ。

 苛立たしげに片手で髪を掻きまわしながら、裸足の足を引きずって歩いてくる。ヒールは捨てたらしい。よく見たら左右の足で太さと長さが違う。左が男で、右が女。歩きにくそうだな。他人事のように思っていると、乱暴に髪を掴んで持ちあげられた。私は首をそんなふうに持ったことはなかったのに、不義理なやつ。

「屍鬼は王の背中で話しはじめた。道中の気晴らしに物語をするからお聞きなさい、といった具合に。死んで蘇った獅子の話、不義の恋に身を焦がす恋人たちの話、幼子を供物に捧げた愚かな王の話、屍鬼はまるで自分が見てきたかのように話した。そして最後には決まって王に問いかけた。物語というのは、どれもこれも一種の謎かけ話で、質問に答えられへんかったら、頭を砕かれても、目ン玉をほじくられても文句は言われへん。倦んだ頭なんてないのと同じ」

 首はいつもと言葉を変えた。


「なんで捨てんかったん」


 と言った。

 背後には死体が山と積んである。各部分を抜き取られた死体たち。殺したのは私だ。犯人は私。殺すつもりはなかったし死なせるつもりもなかった。ちょっと部品の選り好みはしたが、すべて綺麗に使っている。私と首を入れて三十あるのだったか。どういう計算だろう。私と首を一ずつで換算すると数が合わないのではないか。

「その話はもうええ」

 首は言った。

 山籠もりの修験者のごとく、厳めしい顔が私の前にあった。

「なんで捨てていかんかった。自分ひとりで行ったらええやろ。君は王様と違うてだれに頼まれたわけでもない。わざわざ死体なんざ担いでいくことあれへん。迷惑してんねんこっちは。死体なんざただ眠りたいために死んでるに決まってるやろ」

 最初からそう言えばよかったのに、言わないから。

「言うても聞かんかったやろ」

 いつの話だ。分かれたときの話か? 仕方がないだろう。この頭ははりぼてなんだから昔のことは覚えていられない。耳も目も口もはりぼて、おまえにとっての手足と同じ、ただの飾りなんだから、耳は本当には聞いちゃいないし、目は見えているように振る舞っているだけで、私は一言だって口を使ってしゃべっちゃいない。

 そもそも、王様は質問される側であって、質問する側ではないだろうに。

「やかましいわ」

 分からず屋め。

「なんで捨てんかったかな」

 聞かれても困る。覚えちゃいない。でも答えなら簡単だ。おまえがさっき自分で言った。

 ――王は哀れに思って屍鬼をひと撫でした。

 私もそう。かわいそうだと思ったのだ。たぶん。ひとりじゃなにもできないだろうに、手も足もないんじゃ困るだろう、せめて何かつないでやらないと。

「いらん世話やな」

 なんて親切な私、なんて気遣いのできる私!


 と、首は、諦めたのだろうか、黙りこんだ。考えているのだろうか。それはいい。考えるのは私の趣味だ。私の場合は頭がないから考えるふりなのだが。

 これが最後だと首は言った。これが最後。最後の結末。首はどうするつもりなのだろう。私が二度と追ってこられないくらいバラバラにしておくか、水にでも沈めておくか、燃やしておくのもひとつの手だ。ただここから逃げるにしたって腕足がないと逃げられないわけだから、どうだろうな、また最初に戻って同じことをやり直すのだろうか。それとも、やり直した結果がここなのだろうか。夢は夢だ。私に判別がつけられようもない。夢を見ているものに夢が夢であることを証明するすべはないのだから。

 むかし、屍鬼ヴェーダがいた。

 屍鬼は最後にどうなったのだろう。

 私は身体で、私は首だ。

 問う屍鬼が私ならば、問われる王も私だ。王により首を切られた死体は私で、切った王もまた私。問う側も答える側も私以外には存在しない。

 そうだ、ここには最初から私しかいない。私だけの一人舞台で、私たちの言葉はどこまでいっても独り言だ。

 ならば結末らしい結末は、そう多くはないのではないだろうか。


 と、私は身を起こした。


 別に難しいことではない。私はこうして生首として掴みあげられているが、考えてみれば元は身体なのだ。首から切り離された身体が私。そして私は切られたまますぐそこに倒れている。首なしの身体がひとつ。これで一対一。それから山積みに積まれた身体が二十八ある。これで二十九対一だ。部品をもらうだけで殺すつもりはなかった。そうとも望んでああなった。死なせるつもりもなかったのだから、死んでいるはずもない。臓腑はともかく足がないのは動かしにくい。

 だから一斉にとはいかなかったが――私は首に飛びかかった。

 それが私の、まぎれもない私に対する私の答えだった。




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