第10話 専属侍女が、一人になりました

 魔女の専属侍女が一人になったという話は、様々な憶測を伴って王城内を駆け巡った。


「侍女であっても美しい令嬢が王太子殿下の目に入ることに、魔女が嫉妬したのよ」

「魔女が威張り散らすから、令嬢達が疲れ切ってしまったのだ」

「元下働きには、令嬢達の完璧なマナーが鼻についたのだろう」


 とまぁ、クビになった令嬢達を持ち上げて、私をこき下ろすものばかりだ。

 そんな中、ただ一人異論を唱えたのがマリーアだ。


「あの人達の根性は腐っていると思っていましたけど、ここまでとは思いませんでした! 許せません!」


 カップに紅茶を注ぐマリーアが興奮のあまりドンと足を踏み鳴らすから、紅茶がこぼれるのではないかと私は気が気じゃない。

 だけどそこはプロ。こぼれることはなく、紅茶の豊かな香りが楽しめている。

 夜間メイドをしていたり、他の侍女から雑用を押し付けられていたマリーアだが、想像以上に侍女の仕事も完璧だった。


 若草色のソファーで向き合いながら、私達はお茶を飲んでいる。

 王太子妃と侍女が、部屋で一緒にお茶を飲む。普通ではあり得ない光景だ。

 最初はマリーアも頑なに拒否したけど、「一人でお茶を飲むのってつまらない」と説得してやっと同席してもらえるようになった。


「フーシュスト国の令嬢達は、誰もが王太子妃の座を狙っていたってことよ。それを修道院の下働きが掻っ攫ったのだから、この国の貴族の怒りが私に向くのは仕方がない」

「そんな馬鹿は、ほんの一握りです! ほとんどの国民は、シュリ様に感謝しております! 姿絵を見ては、毎日崇めております!」

「いや、どっちも困るけどね。できれば無関心がありがたいかな」

「シュリ様の功績では、それは無理な話です」


 夜間メイドをしていた私に気付いてしまったマリーアには、隠してもバレるからと悪辣魔女を演じていていることを話している。

 私が目立ちたくなく威張りたくないことを知ってくれている人が側にいるのは、これほどまでに心が軽くなるのか?

 そう思って感動しない日はないほどに、日々の生活が変わった。色のない世界で羞恥にのたうち回っていたのが嘘みたいに、日々に優しい色がついた。

傲慢な態度や発言をしなくてはいけないのは変わらないけど、のたうち回る私を励ましてくれるマリーアがいてくれるのなら何とか乗り越えられる。

 この心の平穏が、アーディナルのお陰なのが意外だけど……。


 てっきりアーディナルは、マリーアに軟禁同様の生活を強いるのだと思っていた。

 それなのにアーディナルは、あっさりと言ったのだ。

「俺が毎日チェックするし、城で見聞きしたことを俺達以外に話したら命はないと伝えてある。だから、彼女の前では素のシュリでいればいい」

 アーディナルにそんなことを言われるなんて、誰が想像できる?

 あまりの驚きに暫く動けなくて、ジークハルトに「息をしろ! 死にたいのか!」と力任せに背中を叩かれたくらいだ。


 アーディナルの急な態度の軟化には疑問が残るけど、これに飛びつかない手はない。正直に言って、悪辣魔女を演じる私のメンタルは崩壊寸前だった。

 脅されたマリーアには申し訳なかったけど、「給料も待遇も破格で、王太子殿下には感謝しかありません。私がシュリ様を裏切るなんてありえないので、命の危機も全くありません!」と全くもってのほほんとしている。たまに、「羞恥に悶えるシュリ様のお側にいられるなんて、ご褒美でしかありません」と言っているのが気になるけど……。


 「毎日チェックする」という言葉の通り、アーディナルはやたら部屋に来るようになった。

 あからさまな態度がマリーアの気分を害するのではと、私は気が気じゃない。当の本人が、「気にしていない」と言ってくれているのが救いだ。アーディナルの圧を受け入れるマリーアの心の広さには、本当に感謝しかない。

 マリーアは私を敬いすぎだし、甘やかしすぎるのは気になるけど……。


「この下らない噂の出所は、調べるまでもありません。殿下はどうして、あの馬鹿者共を一族郎党含めて根絶やしにしないのでしょうか……?」

「……そ、それなりの要職に就いている家だと聞いているわ。悪い噂をたてられるのは、私にとっては仕事のようなものだしね」

「あいつらの代わりなんて、掃いて捨てるほどおります! 唯一無二の存在であるシュリ様とは違います!」


 私には膨大な魔力があるからね。魔獣を倒す役目があるし、唯一無二かもしれない……?


「今日のお召し物も、とてもお似合いです。さすが殿下からのプレゼントです!」

「最近のアーディナルは、国内外に夫婦仲の良さをアピールしたいみたい。このドレスも『何色がいい?』と聞かれたから、灰色か黒か紺って答えたのだけどね……」

「灰色は灰色でも、殿下の目の色と同じ鮮やかなシルバーグレーですね。刺繍は殿下の髪の色と同じ金糸ですし……」

「灰色って言ったのに、もはやシルバーよね……」

「悔しいほどにシュリ様の魅力を引き立てるドレスです! 輝きが半端ない!」

「嫌がらせと思えるド派手さのせいよ……」

「抑えられないこの輝きがドレスのせいとか……、シュリ様、可愛すぎます!」


 私を褒め称えるマリーアは、こうやって度々興奮状態に陥る。今だって、顔を真っ赤にして酸欠状態だ……。


「マリーア! しっかり! 息を吸って、はい、吐いて!」

「……はっ! 見ているだけで胸が一杯で、息をするのを忘れました! シュリ様、一生ついていきます!」

「あ、ありがとう……。そういうところは引くけど、上手くやっていけそうなのがちょっと怖いわ……」


 引いてしまうことは多々あるけど、年が同じマリーアと話をするのはとても楽しい。人里離れた山奥に引っ込めないのは残念だけど、こうやって心穏やかな時間を過ごせることはありがたい。



◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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