第8話 悪辣魔女の本性
アーディナルに自分を知ってもらい、信頼関係を築くことになったわけだけど……。正直、どうすればいいのか分からない。
夫婦だからという話は置いといても、チームとしてお互いを信頼する必要はある。
それに、いずれ平和が訪れた日には、私は『救世主』の任から解かれ自由にひっそりと生きたい。そんな未来を手にするためにも、最低限の信頼関係は必要だ。
私の希望は目立ちたくないことだと伝えたけど、いまいち理解されていないと思う。目立つことが当たり前の王族に、目立ちたくない気持ちを知ってもらうのは困難だ。
でも私は、地味でいたい! 目立ちたくない! 心穏やかに暮らしたい! 悪辣魔女とは、別人なのだと分かって欲しい!
そんな自分を知ってもらうためには、これが一番だと思ったのだけど……。失敗、したかな?
怒りと呆れが仲良く同居した顔をしたアーディナルが、恐ろしく低音な声で「何のつもりだ」と私に問いかけた。
ソファーでうなだれる私には、返事どころか仁王立ちのアーディナルを見上げる気力もない。
私は何を間違えたのだろう? 自分を知ってもらうために、自分らしく行動してみたのが間違いだった? 私の素を知ってもらおうとしたのが、失敗だった?
「……この前アーディナルに『見るだけで楽ばっかりしないで知る努力しろ』と言った手前、私を知ってもらおうとした結果です」
口元をひくひくと痙攣させ「馬鹿かっ!」と言いたげなアーディナルから、メイド用のフリルのついた白い帽子が投げ捨てられた……。
あぁ、自分が床に投げつけられたようで、痛い……。
「『いかに私が穏やかな生活を望んでいるのか』をアーディナルは全く理解していないでしょう? だから、私の望む生活を目で見て知ってもらえればと思った次第です……」
「分かるかぁぁぁ!」
遂にブチ切れたアーディナルは、床に落ちている白いメイド帽子を踏みつけて息の根を止めた……。
こんなことになるとは、私は数時間前まで思いもしなかった……。
アーディナルに自分を知ってもらうために、もちろん、とことん話し合うことも考えた。思う存分話をしようと、何度も突撃した。でも、アーディナルに避けられて叶わなかった。
お互いに演技をしている特殊な環境でしか顔を合わせない状況で、自分を知ってもらうのは困難だ。
そう思ったから、私は素の自分を見てもらうことにした。悪辣魔女でも王太子妃でもない私を。
「うん、バッチリ!」
鏡に映るのは、茶色の髪を白いメイド帽子に押し込み、紺色のメイド用のワンピースに白いエプロンをした女だ。
もちろん私なのだけど、魔法で目の色も茶色にしてある上に、顔の半分を覆う大きめの眼鏡もかけている。魔女の特徴であるプラチナブロンドと瑠璃色の瞳が見えなければ、誰も気づかないはずだ。
しかも、今は夜。
城の中の明るさは、日中に比べたら半分だ。薄暗い中で掃除をするのであれば、まず気づかれない。
私は夜間メイドに紛れて仕事をし、「これが私の望む生活だ!」と理解してもらうことにした。
仕事をやり始めると、修道院時代の勘がすぐに戻ってくる。
傲慢な態度で偉そうに喋ることなく、無言で掃除に没頭できるのは、とにかく気持ちが落ち着く。人間関係のドロドロとした決して落ちない汚れではなく、順序良く擦れば汚れが消えていく爽快感に胸が躍った。
誰も傷つけることなく、トラブルを生むこともない。人知れず誰かの役に立っている。私が求めているのは、これなのよ! 羞恥や後ろめたい気持ちしか湧かない悪辣魔女ではない!
久し振りに乗りに乗って自分が与えられた区画の掃除を終えてしまった私は、他の場所も手伝おうとメイドに声をかけた。
「その汚れは酷いわね……。こっちのブラシを使ってみて。あっ、擦り方は、こうよ。縦に擦ったのでは落ちないわ」
「本当だ。ビックリするぐらい汚れが落ちます。教えていただき、ありがとうございます!」
「掃除って、手順とコツよね」
私達はお互いのコツを披露しあいながら汚れと戦った。その戦友をよく見れば、茶色の髪と緑の目には見覚えがある。
私の記憶が確かなら、どうして夜間メイドとして働いているのか分からない。
「貴方は、悪辣魔女の侍女じゃないの?」
「あはは。一応、そうなのですけどね……。私ごときで王太子妃殿下の侍女なんて恐れ多く、他の方々と違って役に立てることがありません」
「他の人……? 役に立っているのかしら……?」
「それに、家は貧乏なので、夜間メイドの仕事は家計の足しになります!」
そう言い切ったメイド仲間の名前は、マリーア・カウンセント。私の侍女の一人で、他の令嬢達が魔女を軽んじるのを注意してくれた人だ。
侍女としての仕事は雑務や他の令嬢の小間使いみたいなもので、メイドの方が向いているのだとマリーアは胸を張る。
「だったら侍女を辞めればいいのですが、推薦してくれた方の顔を潰すわけにはいきませんからね。弟の学費を稼ぐためにも、お金は必要ですしね!」
笑顔でそういうマリーアに親近感を覚えたのは、私のために注意してくれたからなのか、仕事を辞められない状況に立たされているからなのかは分からない。
ただ、今の自分に目覚めてから、こんなに心穏やかで楽しいことはなかった。
好きな仕事をして、嫌味を言うことなく私と話してくれる人がいる。悪辣魔女では得られない心の安らぎだ。
本来の目的を忘れた私は、「マリーアと同じスケジュールで夜間メイドをしよう!」と心に決めた。
彼女の予定を確認しようと胸を弾ませ一歩踏み出したその時に、腰を掴まれ暗闇に引きずり込まれるなんて考えもしなかった。
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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