第69話・世間話・『源一』01


「えーと、野ウサギ・野鳥が数羽と……

 オイカワやニジマス他、魚が15匹。カニやエビは10匹ほど……と。


 でもさすがにもう川に入るの、寒くないですか?」


「そうですね―――

 ただ生き物の動きもにぶくなってきてますし、捕まえるのはかえって楽だと

 思います」


老舗旅館『源一げんいち』から来た担当者に、銀や詩音しおん

捕まえてきた獲物を引き渡す。


「はあ……そんなものですか。


 それともう冬近くですが、季節の山菜や木の実、野草が頂けるのは

 地味にうれしいです」


そっちは理奈りな管轄かんかつだな。


「果実っぽいものもありますが、このまま食べるんですか?」


「そのまま食べられるものもありますが―――

 ジャムにしたり乾燥させたりして、加工して出すのもありますから」


ふむふむと俺はうなずき、


「ああ、そういう用途のものもあるんですね。

 俺は図鑑とかで食べられそうな物を、片っ端から採って来ている

 だけですので」


不審がられてもいけないので、適当に誤魔化す。


「ウチに来ている常連のお年寄りの方々は、通学時によく

 塩を持って、季節の野草を食べていたと言っていました。

 だからすごく懐かしいと……


 そういえば最近、あの山を開発しようとしていた業者? 不動産屋?

 何か変な連中に絡まれたと聞きましたけど」


まああれだけの騒ぎだったんだ。

それに狭い田舎、噂になるのは時間の問題だっただろう。


「何かいましたねえ。でも工事、ストップしたみたいですよ?

 お酒とかいろいろと山に供えた後、それっきりだと風の噂で

 聞きましたが」


トレーラーハウスごと、とは言わず(言えず)、俺はにごして伝える。


「そうですか。いえ、ウチの先代も気にしていたみたいでして。

 どうせすぐ手を引く事になるだろうとは言っていましたけど。


 安武やすべさんも気を付けてください。

 あの山、どうも鬼の伝承があるようですので―――」


今その鬼は詫びでもらったトレーラーハウスで、文明生活を満喫まんきつ中です、

とは言わず(言えず)……


「そうですね、俺も山の幸を頂いている立場ですし―――

 まあ鬼さんを怒らせないように注意します」


「それじゃ、えーと……

 今日はお米と調味料各種、お弁当、それにモツやレバーなど、

 でいいですか?」


「いつもありがとうございます」


複数人で玄関まで荷物を運び入れてくれ、改めて俺は頭を下げる。


「そういや安武さん、女性が通ってきているそうですけど、

 恋人ですか?」


「あー……ええ、確かに週末、彼女が来てくれますけど。

 もしかしてそれも噂になってます?」


「いやぁこんな田舎、知らない人が入って来たらすぐわかりますもん。

 老人たちが期待していますよ、こっちで結婚してくれないかなあって」


「あはは……」


それは野狐たちも期待している事だが―――

そんな事情を話せるわけもなく。


そして取引を終えると、『源一』の方々は帰っていった。


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