第18話『剣武・その1』

 この大会には多くの猛者が集う。

 その中でも飛び抜けているのが宮本武蔵の生まれ変わりと評される木更津正義である。

 五輪之書を自己解釈し、剣の技術と侍でも並外れた霊力と体力──宮本武蔵の継承に正義在りと言われるだけある。

 そんな木更津正義と技量比べをするのが、天川ツルである。

 二天一流の正義と神道無念流のツル、そして、後続に位置するのが無手勝流の風馬景信などである。

 最も風馬の流派は塚原卜伝の無手勝流とは異なり、我流を意味するのであるが、その必要最低限の太刀筋から無手勝流の名を周囲が勝手に呼ぶようになった経緯があるのだが、無手勝流には自己流と言う意味もあり、後に風馬は敢えて無手勝流を名乗るようになった。


 そんな風馬は木刀を手に試合相手を見据える。

 侍にも様々いるが、剣を志すならば、宮本武蔵の五輪之書は良き参考文献となったであろう。


 侍見習いと侍の部門が異なるのは学術か経験の差である。

 そして、それによる刀の在り方であった。

 本来であれば、退魔の儀に刀が必要であるが、この大会では申請すれば、木刀以外の所持も可能である。

 例えば、槍や薙刀がそうである。

 この大会は試合であると同時に訓練であり、より侍の本質を昇華する為の試験的な意味もある。

 より霊力の活用、より霊力を浸透させる形状など、それらの本質を見極める為に武芸大会はあるのだ。


 故に風馬は対戦相手である真神狼十と呼ばれる男の二刀一刃の木刀を見据える。

 風馬の目には霊力が微かに流れているのが見えている。

 形状が大きければ、伝達力も広範囲に増える。実践であれば、不必要だろう。

 しかし、風馬はそれとは別に狼十と呼ばれる男に違和感を感じた。


「・・・あんた。何者だ?」

「・・・試合えば解る」


 狼十の言葉に風馬は溜め息を洩らして木刀を握り締め直す。


「──始め!」


 審判の声と同時に狼十が地を蹴る。剣の間合いに入るが、風馬は木刀を振るわない。

 そんな風馬に狼十が仕掛ける。頭部を切り裂くと見せ掛け、袈裟を薙ぐように振るわれる。

 風馬はそれを木刀で軌道を反らせ、右腕で迫り来るもう一本の刀が迫るのを防ぐように狼十の左腕を掴む。

 二刀で一本。故に二刀一刃なのだろう。

 はじめから相手は二刀であったのだ。


「流石に場数慣れしているだけあるな。初手で仕留めるつもりだったのだがな」

「・・・あんた。人間じゃないね?」


 狼十と風馬は同時に飛び退くと互いに出方を窺う。

 狼十の剣は我流にしては完成され過ぎている。そして、狼十自身が人ならざる霊力──否、妖気を放っていた。


「改めて名乗ろう──真神狼十。故あって侍をする妖怪だ」

「ああ。聞いた事があるな。神獣の名を冠する妖怪の侍・・・まさか、あんたの事だったとはな?」


 狼十に対して風馬はそう言うと木刀を構える。


「役場通いの風馬の名は此方も聞いている。旨を借りるつもりで戦わせて貰う」

「OKだ。俺も全力で相手させて貰う」


 風馬はそう言うと木刀を構えたまま狼十を見据え、微動だにしない。

 狼十も出方を窺ったまま、身構える。


 ──達人同士の真剣勝負。


 いかな木刀であろうと一歩間違えれば、大惨事である。

 故に互いに技量を知るもまた達人ならではの探り合いであった。風馬は敢えて動かず、出方を窺っていた。


 しばらくして狼十が再び二刀を両刃にして地を蹴る。

 そして、風馬の眼前で仕掛けると見せて地を這うように背後を取る。


「止めっ!」


 審判が制したのはその直後であった。

 審判もまた達人達を見て来た熟練の目を持っている。

 故に刹那の攻防も見落とさない。

 そのお蔭で狼十と風馬はその状態で硬直する。

 背後を取った狼十の眼前には手首を回転させ、自身を捉えた風馬の木刀の先があった。

 狼十の手はと言うと二刀一刃を解除し、二刀流にして振るおうとした状態で止まっている。


 その時点で勝敗は決まっていた。


 喝采が上がり、風馬と狼十は構えを解いて互いに元いた立ち位置に戻り、一礼して舞台から下りる。


 ──かくて風馬は今大会最初の白星を上げるのであった。

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